白い季節のご奉仕

「…イールトアス大司祭たっての希望で、アルノタウム西方大神殿へ行くことになりました。異論なぞ、もちろんないですよね?」

自室のソファーに座ったクリストフは不機嫌そうに言った。
もちろん、自室に一人でいるわけではない――クリストフの向かいに座る人物に向けて言ったのだ。
向かい側に座る人物は赤灰色の髪をした青年なのだが、面倒くさそうにため息をついて腕を組む。

「何をしに行くんだ?おれは、今月のノルマ分やったぞ!クリスマスは、ゆっくり家で過ごしたいんだが……」
「何をしに行くのか、ですか。もう…ノルマなんて関係ないんですよ、これは。理由は、イールトアス大司祭に聞きなさい」

そう答えると、クリストフは自分の座るソファーの後ろから少し大きめの紙袋を出して赤灰色の髪をした青年の顔面に向けて投げつけた。
投げられた紙袋は見事に青年の顔面に当たり、そのまま彼の腕の中に落ちる。

「…ってー!!何だこれ?」
「1分以内に着替えなさい、セネト。僕も着替えてきますから……」

顔の片側をおさえながら紙袋の中身を確認する青年・セネトに、クリストフは言うと立ち上がり奥の部屋へと行ってしまった。
首をかしげたセネトは紙袋をひっくり返すと、中から出てきたのは――

「し、神官服?そーいや、クリストフも同じ紙袋を持ってたよな……」

セネトが紙袋から出てきた神官服を眺めていると、奥の部屋から着替え終えたクリストフは戻ってきた。
クリストフが着ている服はセネトの持っている神官服と少し違い、ケープの付いた神官服だ。
自分の持っている神官服とクリストフが着ている神官服を見比べ、セネトは訊ねる。

「な、なんでおれが神官で…お前が大神官なんだ?」
「それも、イールトアス大司祭に聞きなさい。セネト、出発まで時間がないんですよ。早くしなさい…」

着慣れていない為、クリストフは右手でケープの上から自分の左肩に触れながら左親指で壁にかけてある時計を指した。
時計は午後3時を回っているのだが、未だに状況を理解しきれていないセネトは首を傾げる。

「聖職者でもないのに、か?」
「そうですよ。とても楽しいクリスマスを過ごせますよ、それを着れば」

怖いほどの微笑みを浮かべたクリストフは、指で「早く着替えろ」と合図を送った。
セネトは納得できなかったが、ここは大人しく従っておこうと考え…今着ている上着を脱ぎ捨て、渡された神官服に袖を通す。

もちろん着替える際に、文句は忘れないセネト。

「なんで、突然『なんちゃって神官』にならないといけないんだ……」
「それを着たら、少しは神官らしくしなさい。でなければ、神様や四神子様方の罰があたるかもしれませんよ?」

ぶつぶつ文句を言っているセネトに、意地悪く笑ったクリストフは上の方を見上げ言った。
う゛っ、と唸ったセネトはクリストフにつられて見上げる。

普段不真面目なセネトだが、お仕置きは怖くなくても神罰は怖いらしい……

「わかったって…ったく、ある意味脅しだろうが」
「脅し…人聞きが悪いでしょう?ただの注意ですよ」

セネトの様子に、楽しそうに笑うクリストフは部屋の扉を開けた。
着替え終えたセネトは、クリストフの開けた扉から廊下に出る。

「……もしかして、だけどな。オラトリオ教団のクリスマスを手伝うのか?」
「おや、意外に勘が鋭いですね。そうですよ、だから言ったでしょう?『楽しいクリスマスが過ごせる』と、ね」

扉を閉めると、一枚の紙を貼り付けた。
貼り紙には『クリスマス休暇中。急ぎのご用の方は諦めてください』と書かれているようだ。

「諦めろ、って……」

貼り紙を読んだセネトが、思わず呟く。

「わざわざ来たやつが、気の毒じゃないか?」
「仕方ないでしょう。2泊3日の、アルノタウム西方大神殿務めなのだから…」

クリストフはため息をついて答えた。

何度か扉の貼り紙を叩いたクリストフは、正面玄関へ向かう為に廊下を歩き始める。
セネトも、もう一度貼り紙をちらりと見てからクリストフに少し遅れて歩き始めた。




ふたりが正面玄関から外に出ると、白い馬車が一台止まっていた。
見るとそれはオラトリオ教団の所有する馬車のようだ。
その馬車の前には神官服に身を包んだ御者ぎょしゃが立っており、ふたりの姿を見つけると深く頭を下げる。

「お待ちしておりました。イールトアス大司祭様より、おふたりをお迎えするように仰せつかっております。時間もございませんので……わずかな時間ですが道中、馬車の中でお休みください」

そう言うと、御者は馬車の扉を開けてふたりに乗るよう促した。
馬車の中を見ると、座り心地の良さそうな椅子と少し豪華な装飾がされている内装である。

「こういう豪華そうな馬車は、初めてだよな……」

馬車に乗りながら、セネトは思わず呟いた。

いつも仕事の際に使う馬車は、大人数用の馬車かシンプルな普通の馬車である。
たまにあるのが、屋根のないタイプの荷車型だが……

「レムエルのやつ、自分の馬車を出しましたね……」

この馬車に見覚えがあったのか、クリストフは内装にまったく興味を示さずに呟いた。
その呟きに御者は小さく頷くと、クリストフの耳元で囁く。

「…イールトアス大司祭様より伝言でございます。『逃げられないように迎えを出してやったのだから、これから2日間しっかり働けよ』だそうです」
「思いっきり、素で言ってきましたか……いい度胸ですよね、彼は」

御者に素丸出しで伝言を頼んだらしいイールトアス大司祭に、呆れてしまったクリストフはセネトの向かい側の席に座った。

「誰が『いい度胸』なんだ?おれは普通に座っただけだぞ」

何故か、自分の事だと勘違いしたらしいセネトは、馬車の扉を閉めている御者に目を向けながら言う。
このセネトの言葉に、クリストフは苦笑した。

「違いますよ…古くからの、僕の友人の事です。あぁ…セネト、その友人からですが」

動き始めた馬車の外の景色を眺めながら、クリストフは言葉を続ける。

「2日間こき使ってやる、と言っていたので今のうちに眠っておきなさい」
「何させる気なんだ…そもそも、その友人は一体何者なんだ?」

何も知らないセネトは、首を傾げ呟いた。
そして、馬車はアルノタウム西方大神殿へ向けて走る――

セネトはこの後、クリストフの友人が言った言葉の意味を嫌というほど知る事になるのだが。

今は知らずに、馬車の壁にもたれ掛かるようにセネトは眠ってしまうのだった。


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