一章 ステンドグラスは幻に…

僕を苛々しかさせない淫魔の口に猿轡をつけ、夜明けと共にやって来た神官騎士達に引き渡すことになりました。
これで、ようやく僕も本来の仕事に戻れる算段がつきますね…

ルークの一件で色々ありましたが、ノリス司祭を呼べたので良しとしましょうか。
――え、あぁ…ルークなら、何故か僕の頭上でぐったりしてますよ。
兄の頭上にいたのに、どうして今僕の頭上に移動したのかとですね…簡単な話です。

「リルハルト…そんなに、エルハルトが羨ましかったのですか?はい、これで機嫌を直してくださいね」

そう言って、ノリス司祭がルークを兄の頭上から僕の頭上に乗せ換えてきました。
ルークはルークで、拒否もせずされるがまま…今は、魂のしっぽ部分を揺らしています。
多分、現実逃避してるのだろうなぁ……

『…髪の毛さらさらで気持ちいいな』

――してましたね…現実逃避を。

ルーク、帰ってこい!!お前は、まだ終わってないんですよ?
というか、ルークはもう思い残す事なくなったのでは…と思うんですが。

ねー、ノリス司祭…これルークの、天からのお迎えは何時いつですかー?


***


…とりあえず、ルークのお迎えが何時いつになるのかわからないと言われてしまったので放って置く事にします。
もう、僕の頭上で大人しくしてもらいましょうか。

――で、何をしようと考えていたんでしょうかね…僕は。

「あまりの濃い出来事で、自分の目的を忘れかけてるぞー?気持ちは、まぁ…わかるけど」

兄の言葉に、僕は我に返りました。
…そうだ、ステンドグラスを直したいだけだったのにこんな状況に巻き込まれ――

「…あ。そういえば、あの廃墟は結局何時いつからああなんですか?」

すっかり訊ねるのを忘れていたけど、ルーク曰くの孤児院モドキはどういう事なのか…気になったので、ノリス司祭に訊いてみました。
そもそも、ルークの身に何があったのかだけをざっくり聞いて雑に作戦を立てましたからねぇ……

僕の疑問に、思い出したように手を打ったノリス司祭が答えてくれました。

「あぁ、あの場所はルークの生きていた時代でも廃墟でしたよ。ただ、あそこに幻術をかけて孤児院に見せかけていただけのようです…というか、生まれたばかりの淫魔を孤児と偽っていたらしいですね」

――そもそも、人間達は何故不思議に思わなかったのか?
ルークは…何か抜けてるところがあるので仕方ないとしても、他の人間って周囲の異変に気づけない生き物なのでしょうか?

「…というか、気にならないよう魅了で洗脳したんじゃねぇーか?序列9位あいつなら、簡単に大人数でもやれるだろーし」

ルークを指でつつきながら、兄さんが言う――夢を繋げて、わずか数日で洗脳していったんだろう…と。
なるほど、なるほど…まだまだ経験値のない淫魔の教育の為にやった結果、苛々しかさせない淫魔とか笑えませんよ。
何を計画していたのか知りませんが、後片付けは最後までしろよ…とは思いますが。

それにしても…へー、ふーん、ほーん、で済む話じゃないですね――誰主導なのか、わかっていますのでゆっくり話し合わねばならないかもしれません。
納得のいく説明がなければ、序列1位の彼を目覚めさせてやるっ!!
別に序列5位と9位が、今回の戦いゲームにいなくても問題ないと僕は思うわけです。
…1位の彼なら、2人分の働きをしてくれると思いますし。
ねぇ、アーノルド様も思いますよね…?

深く掘り下げるように聞いたのは僕で、あの2人・・・・に対して思うところができただけですが…ノリス司祭にある頼み事をしてみようと思いました。
ひとつくらい、わがまま言っても赦される気がしたもので…つい。

「ノリス司祭、まだ時間は大丈夫ですか?実は、お願いしたい事があるのですが…――」

あの廃教会にあったステンドグラスの修復という名の、神の創造力で造り直してもらいたい旨を伝えてみました。
もう、ノリス司祭だけが頼りなんですよ…でないと、誰とは言いませんが神官騎士2人に中央へスケッチ画を取りに行くという名目で連行されてしまいそうなんです。

まだ戦いゲームもはじまらぬ内に退場はしたくない、というのが本音だけど――
いくら復活できるとはいえ、痛いのは嫌ですから……

「大丈夫、守るよ!」と言っている馬鹿2人アルヴィドとリベリオ…信用云々抜きでお断りします。
行くわけないですから…そもそも、僕と兄は魔族なんです。
何で自ら処刑台に、喜々として向かわなければいけないのか…?

この、僕の気持ちをきっと読んでくれているだろうノリス司祭…貴方はわかってくれますよね?
目で訴えかけてみたら、何やら考え込んでいたノリス司祭が微笑みながら口を開きました。

「いいですよ、今回だけ特別に…ですが。ただし、この件に私が関わっているのは内密にしてくださいね?」
「もちろん、わかっていますよ。僕も、同族の者から恨みを買いたくないので……」

もし神の化身ノリス司祭に協力してもらった事を、序列位を狙う――いわゆる成り上がろうと考えている魔族に知られると面倒ですからね…ただでさえ、無駄に挑んでくる奴がいるのだから。

ところで、彼らは何故成り上がりたいのだろうか…?
この戦いゲームは、はっきり言って痛くて辛い思いをするだけ・・・・・・・・・・・・なのに…あぁ、でも持たぬ者が成り上がり序列を得たとしても復活まではできない・・・・・・・・・から痛みなどわからないか。

――そして、僕達は廃教会まで戻ってきました…が、死霊をうろつくこの状況を初見のノリス司祭とリベリオは目を丸くして観察するように見えています。
死霊達も、物陰からこちらを見ているようです。
…さぁ、ここは本職の聖職者である貴方達の仕事ですよ。
死霊達を天へ導いてあげ――って、ルーク!さっきからしっぽで僕の頭をたたかないでくれますか。

ちなみに、僕がルークに気を取られている間にノリス司祭はアルヴィドとリベリオを伴って礼拝堂へ向かったようで…兄さんが教えてくれなかったら、普通に気づけませんでしたよ。
それより…ノリス司祭、死霊達の浄化を諦めましたね――いえ、見なかった事に絶対したと思うな……

礼拝堂に入ると、扉付近にアルヴィドとリベリオがおり…ノリス司祭だけがステンドグラスのあったであろう枠の前でおそらく記憶のようなものを読んでいる様でした。
やがて小さく息をついたノリス司祭が重く絶大な神の力――おそらく本来の力の一部を解放したらしく、彼を中心に不思議な風が吹いた事で礼拝堂内の空気がにわかに変わっていく……
うろついていた死霊達は神の気配ちからを感じ取ったのか…全員、僕と兄さんの後ろに隠れました。
…いや、これ僕ら兄弟を盾にしているだろう――ルークだけは、変わらず僕の頭上で御機嫌ですが。

あれ、もしかして…ルークはノリス司祭造物主から加護とかもらったのかもしれない。
それはともかく、ノリス司祭が右腕を大きく――手を払うように振ると、ステンドグラスのあっただろう枠を神の力が覆うと眩い光を放った。
その瞬間、僕らは目を閉じて光がおさまるのを待つしかできませんでしたが…これ、廃教会の外に漏れてしまっている事に後日気づきましたよ。
ちょっとした騒ぎになりましたからね……

光がおさまって、安堵した僕らの視線は先ほどまで神の力に包まれていた場所を向いていました。
そこには、魂を導く告死天使が描かれた懐かしいステンドグラスが復活していました。

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