11話:いくべき未来

私は一歩前に出ると膝をついて、御使いの少女に向け手を差し伸べた。
もちろん、鉄パイプはいつでも手に取れるような位置にある…何があるかわからないから、一応用心として。

手を差し伸べると、驚いたのか彼女は小さな肩を揺らした。

「…あなた、本当は寂しかったのでしょう?」

良し悪しを別に考えると、彼女の行動は親の関心を引きたい…認められたい、という本心が隠されていると思う。
熾杜しずもそうだった――桜矢おうやさんに恋して、誰にも邪魔されず結ばれ自由になる事を願っていた。
生まれや育ちの違うふたりだけど、共通点が多いから御使いは熾杜しずと同化できたのかもしれない。

私の問いに、彼女は何の反応を見せず涙目のまま怯えている。
これが演技でなければ、だけど……

『わたしは消えるわけにいかないの、ママが迎えに来るまでは。わたしは【迷いの想い出ここのやつ】とは違う!』

浮かべていた涙が一瞬にして消えると同時に、彼女は私の手を払いのける。
突然の事に怯んだ私に向けて御使いの少女が出現させた、たくさんの黒い翼と黒い触手で攻撃を仕掛けてきた。

咄嗟に鉄パイプで黒い翼を弾き飛ばせたけど、黒い触手まで対応できず見ている事しかできない。
もう駄目だと自分を襲いくるだろう痛みに目を閉じて覚悟していたら、何故か黒い触手は私まで届かなかった。

どうして届かなかったのだろう、と目を開けてみる――すると私を包み込むように、白い霧が薄っすらとした壁となって黒い触手をすべて受け止めていた。
水城みずきさんが【迷いの想い出】の力を使って、黒い触手の攻撃から守ってくれたみたい。

慌てていて呼吸が乱れていた私は、深呼吸して気持ちを落ち着かせてから御使いの少女にもう一度声をかけた。

「ねぇ、もう終わりにしよう?」
『…お願い、助けて』

再び怯えた様子に変化した少女は、助けを求めるようにこちらへ手を伸ばしてくる。

ころころと感情が急激に変化するのは精神的に不安定だからなのか、ただ幼いからなのか判断できない。
不安定なのだとしたら、多分それは【機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ】との繋がりが強制的に切られたから……

それに消去されるイコール死、だとわかっているのかも。
生物ではない彼女の逝く先が何処にあるのか、私にはわからない。

嫌がる彼女の小さな肩に手で触れると、身体の温もりはまったく感じられなかった。
言うなれば、とても本物リアルに造られた人形のような――そんな作り物めいている感じ。
作り物めいているとはいえ、彼女は今こうして生きて動いている。
…その、小さな身体にナイフを突き立てないといけない。

「大丈夫…あなたの事、私は忘れない。あなたを道具にして使い捨てたものに、必ず報いを受けてもらうから…」

この言葉は相手に向けているようで、ほとんど自分自身に言い聞かせているように聞こえただろう。

少女が反応する前に、私は彼女の小さな身体を抱きしめる…もちろん、右手に小型の短刀を握り締めて。
気づかれていないのを確認して、私は少女の背中に刃を突きたてた。

驚きで目を大きく開いた彼女の様子に、罪悪感のようなものを感じてしまう。
小さく口を開閉させた少女が囁くように「ママ」と呟いた瞬間、小さな身体は砕けた陶器のように壊れ虚空に消えていった。
まるで、初めからここに誰もいなかったかのように……




神の御使いを名乗っていた少女の最期が、とてもあっけなく感じたけど…それも恐らく【機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ】にとって遊びだったのかもしれない。
でなければ、あんな何も知らない幼い少女を切り捨てるような真似はしないはず――人間の感覚でだけど、そう思った。

神を自称する脅威は去り、無事に【迷いの想い出】の再起動も終わったという事は熾杜しずの身体をここから解放してあげなければならない。
もう、これ以上あの子に辛く苦しい思いをさせたくなかった。

禰々ねねさんの力をもってしても回復できていない桜矢おうやさんの容態も気になる私は急いで、悠河はるかさんに熾杜しずの眠る装置の場所について訊ねる。
すると、あまり離れていない…私達がここを初めて訪れた時、禰々ねねさんが立っていた付近にその装置はあった。
ガラスのような透明なケースに横たわる熾杜しずは、まるで眠っているかのように見えた……

熾杜しず……」

返事がないのはわかっていても、もう一度だけ名前を呼んであげたかった。
眠っているように見えるけど、彼女はもう亡くなっている…自分勝手な願いを叶える為に、その生命を燃やし尽くした従姉。
一族や故郷を滅ぼした彼女の罪が赦される事はないだろうけど、それでも安らかに眠ってほしいと私は願う。

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