11話:いくべき未来

『当り前じゃない!ママは凄いのよ』

自慢げにしている御使いに気づかれないよう、私はそっと装置へと近づく…これを切り替えれば【迷いの想い出】は水城みずきさんが支配できる。
そうなれば【迷いの想い出】が再起動されて、御使いあの子をどうにかできるかもしれない。

神代かじろさんが言ったとおり、御使いあの子は私の行動を気にも留めていないみたいだ。

熾杜しず水城みずきさん…ごめんなさい!」

私は小声でふたりに謝罪の言葉を述べて、装置に手を置いた。
その瞬間、周囲から聞こえていた機械音が聞こえなくなり…私達がいる場所の照明も薄暗くなってしまう。

「…あれ?」

困惑して周囲を見回している私の耳に、少女の叫び声が聞こえてきた。

『な、何…どうして?ママ、待って!わたしを置いていかないで!』

置いていく…何を言っているんだろう?
彼女の母親は、はじめからここにいなかったと思うんだけど…私には見えない存在が、もしかしていたのかしら?

泣き叫ぶ御使いの様子に警戒しながらやって来た神代かじろさんが、おそらく桜矢おうやさんの血の付いた小型の短刀を私に差し出す。

「再起動してる間、おそらく彼女と母親である【機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ】の繋がりが切れてしまったんだと思います。だから、今の内にこれを彼女に刺してください…」
「もし刺す前に【迷いの想い出】が再起動したら、またあの子と母親の繋がりが復活するんですか?」

ふと思った疑問を訊ねると、神代かじろさんは首を横にふった。

「いいえ、おそらくすぐには無理…もしくは、あの御使いは切り捨てられると思います」
「そうですか…」

多分、あの御使いあの子自身その事に気づいているのかもしれない…だから、置いていかないでと助けを求めているんだろう。
見た目が幼いから、少しだけやりにくいけど…短刀を彼女に刺すしか方法はないみたい。

差しだされた小型の短刀を受け取って、私は困惑し泣いている御使いの少女に近づいた…もちろん、何があるかわからないから鉄パイプを持ったまま。
彼女はこちらに気づくと、目に浮かべていた涙を一瞬で消した。

『…へぇー、結局あの子の事を消去したんだ。あなた、血も涙もないのね?』
「そうかもしれない…でも、私はそれを含めた罪を背負う覚悟もしている。あなたは、自分の罪についてわかっているの?」

熾杜しずを消した、と責められたけど不思議と心は凪いでいる…これで悲劇を止められるのだ、という安堵の方が勝っていた。
それよりも、彼女の涙が一瞬で消えた事の方が気になってしまう。
人間ではない、という事を差し引いても悲しんでいたのは演技なのかしら…?

『私の罪?何の?わたしはママの言いつけどおりやったんだもの、それに罪があるわけないわ』
「本当にそうなの?ねぇ、あなたは今何歳になるの?」

彼女の事が知りたくて訊ねてみた…この子の事も、私は忘れないようにしないといけない。

私の質問に、彼女は理解できないといった様子で首をかしげる。

『…それ、今関係あるの?』
「私にはある、かな…大切な事なの」

彼女は私の言葉に、きょとんとした表情を浮かべた後に何故か爆笑しはじめた。

『何それ…ふふ、もしかしてわたしも消そうって考えてるの?わたしはここでママを待たないといけないの、邪魔するなら許さない!』

そう言った彼女は大きく腕を広げ、黒い――九対の翼を出現させた、んだけど彼女の背中には繋がっているわけじゃないみたい。
つまり、これが御使いの使う武器って事かしら……

楽しそうな様子で、彼女は大きく腕をこちらに向けて振った。

『あなた達を倒したら、きっとママが迎えに来てくれる…だから、あなたから死になさいよ』
「えっ!?」

彼女が黒い翼をブーメランのように飛ばしてきたので、私は驚いて思わず避けてしまう。
避けてから気づいたのだけど、私の後ろには神代かじろさん達がいる!

慌てて振り返ると神代かじろさんはひらりと躱していて、古夜ふるやさんと悠河はるかさんが禰々ねねさんと桜矢おうやさんを護るように弾き飛ばして無事だ。
黒い翼は、壁や床に傷をつけながら飛んでいる…多分これに当たったら、怪我だけでは済まない!

八守やかみさんは残っている化身達を相手にしながら、胸元で手を組んでいる天宮あまみや様を護っていた。
そして、組んでいた手を解いた天宮あまみや様がおもむろに自身の首に付けられた輪に手を添える。
金色こんじきの輪の繋ぎ目辺りに触れると、カチッという小さな音が聞こえてきた。

「…再起動までの、残り十分弱。その間、貴女の力を抑えさせていただきますね…もっとも切り捨てられた御使いの力なぞ、たかが知れているようなものですが」

そう告げた天宮あまみや様を起点に、清らかな風のようなものが場を包み込んだ。
その瞬間、御使いの飛ばした黒い翼はその輪郭をなくして消えてしまい…彼女は驚いたように周囲を見ていた。
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