11話:いくべき未来

意を決して、私は彼女の胴めがけて鉄パイプを振り下ろした。

「…え?」

その瞬間、熾杜しずを守るように黒い翼が現れ鉄パイプを受け止めてしまう。
ただ熾杜しず本人は私の攻撃に気づいていないのか、頭を抱えたまま床を見つめていた。
一度引いた方がいいかも、と鉄パイプを下げようとしたのだけど何故か動かない。

まるで、黒い翼に掴まれているみたいにぴくりとも動かない…一体どうして?

『ふ…ふふ、ふふふ』

突然、熾杜しずが狂ったように笑い声をあげはじめた。
頭から手を離して立った彼女はこちらに目を向けて、歪な笑みを浮かべている。

『随分と好戦的なのねぇ、見た目じゃあ判断できないのか…勉強になったわ』

熾杜しずの声をした別の誰かのような、そんな雰囲気のある言い方――どことなく人間味を感じない存在が、今面に現れているみたい。
誰なのかわからないけど、もしかすると桜矢おうやさんを傷つけたのは熾杜しずじゃなくてこの人なのかもしれない…確かめないと!

「…あなた、誰?熾杜しず、じゃないよね?」
『えーわかっちゃったぁ?うふふ、そうねぇ…この子が言ってたでしょ?御使い様、って…本当お喋りな子よねー』

自分を指して言う熾杜しず…じゃなくて、自称『御使い様』は笑いながら言葉を続ける。

『わたし達の事ぺらぺらと話しちゃってさ…まぁ、別にもういいか~って。だって、この子用済みでしょう?』
「用済み…あなた、自分が何言っているのかわかっているの?そもそも、あなたが熾杜しずを騙していたのでしょう?」

熾杜しずは、ただ好きな人と生きたいと願っていただけ…それでも自分本位な言動だったけど。
でも今目の前にいる御使い様という存在は、それ以上に自分本位で狂っている。

『騙したって、人聞きの悪い事を言うわね。用済みを用済みと言って、何が悪いのかわからないわ…そもそも、この子を消そうとしているのはあなた達でしょう?』

彼女はそう言って、私の眼前に熾杜自分の顔を近づけて口元に笑みを浮かべた。
おそらく私が、中枢の切り替えをしようとしていた事を指して言っているんだと思う…確かに言葉は違うかもしれないけど、意味が同じだと言われたら否定できない。
私の目に迷いがでてしまったのか、彼女は囁くように口を開いた。

『それに考えてみなさいよ、あなた達に全部を押し付けてるのって昔の人や後ろにいる〈古代種〉達なのに…何故、疑わず従っているの?』

…そんな事はない、と否定しないといけないのに言葉がでてこないのはどうして?
違う!私達〈咎人〉が〈神の血族古代種〉に押し付けているんだって、頭の中では言葉が浮かぶのに声にだせない。

「…やはりまだ、内に潜んでいましたか」

後ろの方からそう聞こえてきた、と同時に目の前にいる御使いと名乗る彼女を白い光が包み込んだ。
眩しくて、思わず目を閉じてしまったけど…この白い光は暖かみのある優しい気配がした。

『もうっ!!』

文句を言うような声と共に、眩い光はかき消されてしまった……
でも、黒い翼も一緒に消えたから鉄パイプが解放されてよかったと密かに思う。

相手に気づかれないように、そっと鉄パイプを下げて白い光を放ったであろう人物に目を向ける。
そこには両膝をつき、祈るように手を組んでいる天宮あまみや様の姿があった。
だけど、天宮あまみや様の傍にいたはずの禰々ねねさんの姿がなくて視線だけで探すと桜矢おうやさんの傍らで――【生命樹】の力を使い、治療してくれているみたい。

『あなた、いつの間に起きてたのよ!あのまま寝てればよかったのに…』

そう叫んだ御使いと名乗る彼女の姿が熾杜しずのものから、4~5歳くらいの幼い少女に変わった。
幼い少女は腰くらいまである長いオレンジ色の髪、耳のところにアンテナのようなものを付けている不思議な姿だ。

天宮あまみや様はため息をひとつつくと、ゆっくりと立ち上がる。

「寝たまま、でもよかったかもしれませんが…私の役目を奪った上、失敗した大馬鹿者の従兄殿がいましてね」

…多分、天宮あまみや様は桜矢おうやさんがしようとした事に気づいているんだと思う。
ちらりと何も映さぬ水色の瞳を、彼に向けると言葉を続けた。

「そもそも気になる気配もしていましたし、油断させる為にも桜矢おうやの作戦に乗ろうかと考えたんですよ」

あー、だから天宮あまみや様が倒れた時に八守やかみさんは動かなかったんだ…一応、知っていたから。
でも桜矢おうやさんは正体を暴くのに失敗したから、天宮あまみや様が動くしかなかったんだろうな。

「…失敗しなかったら、天宮あまみや様に…負担を、かけずに済んだのになぁ…」

掠れるような声で言った桜矢おうやさんは苦笑した、んだけど多分負担以前の問題があるように思う。
神代かじろさんも同じ事を思ったのか、額に手を当てて呆れた視線を桜矢おうやさんに向けていた。
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