11話:いくべき未来

一体何が起こったのか理解できなかったけど、苦しそうに呻いている桜矢おうやさんの傷の状態を確認する。
こういう時って刺さっているものは抜かないようにした方がいいんだけど、固く黒い靄は私が傷口を確認しようとした瞬間ガラスのように割れて消えてしまった。

慌てて近寄ってきた悠河はるかさんは巻いていた腰布を解いて、桜矢おうやさんの傷口をきつく縛って止血する。
だけど、なかなか血が止まらない。

『…んで?』

かすれるような熾杜しずの、小さな声が聞こえてきた。
…彼女は今の状況を否定するかのように、何度も首を横にふっている。

『違う違う違う違う違う違う…』

ただただ、違うを繰り返している彼女は何処か遠くを見ているようだった。
しばらくすると、頭を抱えて叫んだ。

『違う!私はただ、欲しかっただけなのよ!何で、何でなの!?何で桜矢おうやさんに攻撃するのよ!今よ、手を差し伸べれば大丈夫だって言ったじゃない…どうしてなの!!』
熾杜しず…?」

あの黒い靄は熾杜しずの意志で出現させたものじゃないのは、あの時の表情でわかっている。
だけど、今の言葉は独白というより誰かに文句を言っている感じだよね。
誰かが彼女に『今よ、手を差し伸べればいい』と言ったようだけど、私達には何も聞こえてこなかった。
水城みずきさんがそんな事を言うわけないだろうし、熾杜しずだけに聞こえていた声の主に桜矢おうやさんは傷つけられたというの?

「っ…ミス、っちゃったな。まさか、反撃されるとは…考えなかったな」

熾杜しずの方に視線を向けた桜矢おうやさんは苦笑しているけど、一体何をしようとしたのだろう?
思わず桜矢おうやさんを見ると、彼は視線だけで熾杜しずの傍らに落ちている小型の短刀を指す。

「せっ、かく…っ、天宮あまみや様から…没収したのに、なぁ…」
「……」

桜矢おうやさんの言葉に、気まずげに目をそらした悠河はるかさん。
つまり天宮あまみや様が倒れている理由って、桜矢おうやさんが小型の短刀を没収する為にやったんだね。
八守やかみさんはよく怒らなかったな~と視線を向けると、なんだか穏やかそうな表情で怒っている雰囲気がこちらに伝わってきた。
うん、わかる…これは、私でも目をそらすよ。

天宮あまみや様が持っていた懐刀を、桜矢おうやが隙を見て手刀で気絶させて奪ったんですよ…怒られて当然です。こんな状態でなかったら、僕が説教していますよ」

呆れたように言った神代かじろさんが、傷の状態を確認してから言葉を続ける。

「…まぁ、桜矢おうや天宮あまみや様の代わりにやろうと考えてんでしょうが――その状態では、もう長くないですよ?」
「わか、っているよ…どうせ、誰かの血が必要だったんだから…ちょうどいいと、考えてほしいかな。さすがにこれ以上、天宮あまみや様に負担をかけたくないからね…」

声を発すると痛むからか、桜矢おうやさんはゆっくりと答えた。
血が必要だからって、そんな無茶しなくても…と私は桜矢おうやさんの手を握る。
それに、神代かじろさんは「その状態では、もう長くない」と言っていた…早く十紀とき先生に治療してもらわないと!

――でもその為には、熾杜しずを倒さないとここから出られない。

「…どうすれば、いいですか?」

危険を承知で、私は桜矢おうやさんと神代かじろさんに訊ねた。
返り討ちにされてしまった桜矢おうやさんがやろうとしていた事が、多分熾杜しずを倒す唯一の方法なんだと思えたから…私にできるのなら【祭司の一族】の者として務めを果たすつもりだ。
生命にかかわる怪我をしている彼に、無理はさせられないもの。

一瞬迷った表情を浮かべた神代かじろさんに、桜矢おうやさんが声をかけた。

神代かじろ…大丈夫、だから僕の代わりに…」
「…わかりました」

喋るのが辛いだろう桜矢おうやさんの代わりに、と頼まれた神代かじろさんが説明をしてくれた。
さっき桜矢おうやさんがしようとした事――自分の血を使って、熾杜しずと背後にいる『神』のふりをしている者とを切り離そうとしたらしい。
だけど気づかれてしまったみたい、『神』を自称している存在に。

「手段は何でもいい、彼女…熾杜しずを怯ませてください。怯んだその隙に僕が切り離しをしますから」

混乱して隙だらけに見える熾杜しずだけど、自称『神』の力でかなり敏感なのだと神代かじろさんは言葉を続ける。
確かに、熾杜しずなら絶対に桜矢おうやさんを傷つけないだろうから返り討ちにしたのは自称『神』の行動だと思う。

本来なら戦うすべを持つ従者に頼むべき事なのだけど、彼らは未だ残る霧の化身達を相手にしているせいで手が離せない様子だった。
だから私に頼みたいのだと、神代かじろさんは申し訳なさそうに言う。

あの子を怯ませるにしても、私の持つ攻撃手段は鉄パイプでの殴打系だけなんだけど大丈夫かな?
でも今は他に武器になりそうなものはないし、熾杜しずを怯ませるだけなら有効かもしれない。
本当は…鉄パイプで人を殴るような事、私だってやりたくないけど仕方ないんだよね。
それに目の前にいる熾杜しずは、肉体を持っていない幻の存在……

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