10話:悠久の霧

何の前触れもなく静江しずえをはじめとした十数人の化身達が、白い霧に溶けるように消えてしまった。
突然の状況に、私は何が起こったのかわからぬまま熾杜しずの言葉に耳を傾けてみる。

『ぇ、何で急に…おかしいじゃない!聞いた話と違うわ、一体何で?』

うわ言のように呟く熾杜しず本人も、私同様理解できていないんだと思う。
……それよりも、誰から何を聞いていたのだろう?
もしかして『世界を統べる神様』から、何かしらの指示を受けていたとかかな。

ふと桜矢おうやさんの方へ目を向けると、彼は少し慌てた様子で駆け寄って天宮あまみや様を確認し安堵している。
そして、桜矢おうやさんが天宮あまみや様を休ませる為に横たえていた。
つまり天宮あまみや様が力を使って熾杜しず、というより【迷いの想い出】に干渉したおかげで化身の数を減らせたんだろうな。
…あと、集落の方にいるだろう化身も消えているといいのだけど。

未だ状況がまったくわかっていない熾杜しずは、こちらに一切目を向けず何処か遠くを見つめたまま考え込んでいる。
天宮あまみや様がやったのだと気づかれたら、逆上するかもしれない。
さっき、ちらりと見ただけでもわかる天宮あまみや様の容態に――【古代兵器オーパーツ】というものは〈神の血族古代種〉の方々にとって毒のようなもの、身体に負担を更にかけている状態だろうと。

あの様子だと、熾杜しずはまったく気づかないでずっと他の原因を考えているようだ。
【迷いの想い出】の中枢でなくなったから、原因を探れなくなっているのだろうな…注意力散漫、という感じにも見えるし。

ところでひとつ気になったんだけど、熾杜しずってずっと正気だよね?
いや、今まで正気な言動はなかったかもしれないけど【迷いの想い出】の中枢から外れているのに自我を保てているのが不思議だった。
だって化身となった人達は、自我のない人形のように動いていたし…痛みや体力の限界すら感じていないような様子だったから、化身に堕ちた熾杜しずはどうなのだろうと思ったんだ。

「徐々に、だけど自我を保てなくなってきているのかもしれない…この状態で、よく保った方だと思うよ」

小さく聞こえてきたのは、憐れんでいるような桜矢おうやさんの言葉だった。
どういう事か聞き返すと、彼は視線を下げたまま続ける。

「普通なら僕らに何かされたんだとすぐ気づきそうなのに、熾杜しずはまだそこに思い至っていない様子だよね
…多分、自我レベルも下がっていて考えがまとまらないんだと思うよ」

混乱も相まって、その状態が加速しているのではないかという説明に私は納得してしまった。
薄々だけど、そうかもと思っていたから。

熾杜しず水城みずきさんを取り込んだ事で、一時的に中枢となる資格を持つ者がふたりとなり不安定になっていたらしい。
それを自己修正しようとした【迷いの想い出】は、より力の強い水城みずきさんを中枢メインに選んで熾杜しずを切り捨てた。
だから徐々に他の化身と変わらない存在になり始めているのだろうけど、それでもまだ何人もの化身が熾杜しずの支配から解放されていない。
…つまり、まだ完全に切られていない状態なんだろうな。

様子をうかがっている私の視線に気づいた熾杜しずが、怒りをあらわにして叫んだ。

『あんた…あんたが何かしたのね!私から何もかもを奪って、何でそんなに私からすべてを奪うのよ!』

だから奪ってないし、そもそも何もしていないんだけどね。
思わずそんな事を考えていたけど、あの子には何を言っても通じないので聞き流しておこう。
…とりあえず、残っている化身達をどうにかして熾杜しずに一発入れないと気が済まないよね!

多分、熾杜しずの方も私殴らないと気が済まなかったんだろうな…そんなところは似なくてもいいのに、従姉妹同士だから考えが似ちゃうのかな。
彼女は黒い靄を瞬時に大きな鎌に変えて、私に向かってきた。

「…っ!」

鉄パイプで防げるか賭けだったけど、なんとか彼女の大きな鎌を押さえられたからよかった。
もしかしたら桜矢おうやさんの血の力のおかげなのかもしれないけど、下手したら鉄パイプごと真っ二つにされていたかもしれないからね。

熾杜しずの方も、まさか防がれるとは思っていなかったのか目を見開き驚いていた。
それでも怒りが抑えられなかったのだろう、何度も鎌で切りかかってくるので私はそのすべてを防いだ。
何度も攻撃を防ぎながら、怒りに任せた動きだからなのか熾杜しずの攻撃に種類がない事に気づけた――多分、本人は単調な攻撃をしているつもりはないだろうけど。
ただ怒りを原動力にしているから、何をしてくるか予測できないので隙があっても油断はできない。

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