10話:悠久の霧

彼らの気を引く為に動こうとした私に、悠河はるかさんが近くの壁から長い鉄パイプを使いやすい長さに切り取ると渡してくれた。
切り取っていた事にまったく気づかなかったけど、もしかして何も持たない私の為に武器として使えるものを探してくれたのかな。

お礼を言って受け取る――うん、あまり重みはないから使いやすいかも。
学校で槍や棒などの扱い方を習っていたから大丈夫だけど、実戦をやった事ないから反応できるか自信はない。
それでも、戦わないと私達の身が危ない。


――ごめんね、従兄妹いとこのみんな…せめて、この戦いでの苦しみが少なく済みますように。


少しの間目を閉じて祈った私は鉄パイプを構える。

「なーに、それ?鉄パイプなんか使って野蛮ね」

熾杜しずは眉をひそめながら言った…そういえば、彼女に槍術や棒術を授業で習っている話はしなかったかも。
だからって、野蛮だなんて彼女にだけは言われたくない。

私の、この不満が表情にあらわれていたのかもしれない。
熾杜しずは袖で口元を隠すと、忌々しげに見てくる。

「もしかして、わがまま言って出た外でそんな野蛮な事を覚えてきたの~?さすが、人のものを盗った人の子供…親子して盗む為なら何でもするのね」
「っ、お父さんを侮辱しているの?」

私に対してだけなら、我慢できたかもしれない…幼い頃から、親族達からそう言われてきたのもあるけど。
でも何も非がないお父さんや長にならず、不可抗力とはいえ罪を背負った伯父さん達を侮辱していい理由にはならない。
それに熾杜しずの今の言い方は、私の父が長になる為に伯父さんを嵌めたように聞こえてしまう。
幼かった伯父さんを嵌めるって、無理がある事すらわからないの…?
そもそも、父と伯父さんは5歳離れた兄弟なのを忘れているんだろうな。

さっきから思ってたんだけど、話が通じなさ過ぎて本当に面倒かもしれない。
多分、私と熾杜しずが仲良くなれないのはもちろん…和解なんて、絶対にできないと思う。

『さーて、もういいかな~?それじゃあ、お兄様達お願いね。いつものように、私の望みを叶えてちょうだいな』

両腕を広げた熾杜しずは、満面の笑みを浮かべて自分の兄妹従兄妹に命じた。
それと共に、黒い靄のようなものが彼らの身体を包み込む…おそらく、武器の代わりとして貸し与えたんだろうな。

「…真那まなちゃん」

小声で私を呼んだ桜矢おうやさんが、私の持つ鉄パイプの先端を握りしめた…んだけど、何故か血が床に滴り落ちた。
驚いて桜矢おうやさんの方を見ると、彼は痛みからか眉をひそめているけど私を安心させる為に無理して微笑んでいる。

「大丈夫…ただの鉄パイプだと、あの黒い靄のようなものに対抗できないからね。僕の血を使って」

どうやら悠河はるかさんの剣で手のひらを切ったらしく、失血の寮が多くてとても心配だ。
自分の髪を結っているシュシュをひとつ外して、彼の手のひらをきつめにつけて止血した――本当は清潔な布の方がいいのだけど、今は持っていないので仕方ない。
そして、残ったシュシュで髪をひとつに結った後に鉄パイプを両手でしっかり握って再び構えた。

従兄妹いとこ達の攻撃方法が、まったくわからないわけではない…化身となっても、本人の記憶と経験が失われるわけじゃないはず。
だとしたら、志鶴しづる兄さんと椎那しいなのふたりは森の番人となるべく体術と剣術を学んでいたから強敵になりそうよね。
静江しずえは虚弱体質であまり無理させられないからと、そういった事は学んでいない――どちらかと言えば、本を読んで静かに過ごすのが好きだった。
使用人達は志鶴しづる兄さん達と同じく、どちらも長けているから厄介かもしれない。
残る同年代の子達は、私と同じく外の学校で学んでいたから間違いなく同レベルだと思う。

戦う順番を決めてみたけど、ただ本音を言えば怖い。
見知っている相手とこれから戦う事になるのだと、自分が恐ろしい事をやろうとしているのではと考えてしまうから。
…でも、やらないといけない。

天宮あまみや様達も言っていた――終わらせてあげる事が彼らの魂にとって唯一の救いとなる、と。
さすがに鉄パイプで【迷いの想い出】から解放できないけど、誰かをこれ以上傷つけないようにする事はできるはず。

彼らは黒い靄を武器に変えて、一斉に襲いかかってきた。
貸し与えられた黒い靄を刀にした志鶴しづる兄さんの攻撃を、私の前に立った悠河はるかさんが剣で受け止める。
同じく黒い靄を刀にした椎那しいなの攻撃は、走ってきた八守やかみさんが剣で受け止めて蹴り飛ばした。
少し離れた場所まで蹴り飛ばされた椎那しいなは素早く起き上がり、再び八守やかみさんに攻撃を仕掛けている。
多分、ふたりが私に向かってくる余裕はないと思う……

静江しずえ天宮あまみや様が取り押さえているので、こちらから攻撃しなくても大丈夫かな。
おそらく八守やかみさんが取り押さえたのを、天宮あまみや様が代わった…んだと信じたい。

それぞれ武器を持った神代かじろさんと古夜ふるやさんも、攻撃してくる同年代の子ひとりと使用人ひとりを相手にしている。
彼らが応戦しきれなかった人達は私に向かってきたので、鉄パイプで強かに肩や背中辺りを叩いていった。
桜矢おうやさんは体術で、私が捌ききらなかった化身達を相手にしてくれたので足を引っ張る事はなかったわけだけど。

痛みを感じないのか、無表情で何度倒れてもすぐに起き上がっては攻撃をしかけてくるからきりがない。
多分、彼らを操っている熾杜しずをどうにかしないといけないんだろうけど…彼女は何もせず、歪な笑みを浮かべたままこちらを見ているだけ。
自分の手は汚さずに事を進めようとする彼女のずる賢さ、と言えばいいのかな。

隙を見て、本気でぶん殴ってあげないといけない――少しだけ、そんな決意を改めてした。




_

6/10ページ
いいね