10話:悠久の霧

黒い靄のようなものを目の前に集めた熾杜しずは、無邪気な笑顔を浮かべている。

『作業の邪魔されたら困るし、貴方達は人形これの相手をしててね。桜矢おうやさん、すぐ終わるから待ってて!』

その言葉を合図に黒い靄は消え、代わりに十数人もの人影が姿を現した。

「…ぇ」

見覚えのある人達の姿に、私は思わず声を漏らしてしまった…だって、そこにいたのは。

実湖みこの住民を…熾杜しず、君は自分の兄妹きょうだいすらも化身に変えたのか?」

私と同じように驚いた桜矢おうやさんは、呆然とした様子で呟いた。
だって桜矢おうやさんが言う通り、化身に変えられた熾杜しずの兄である志鶴しづるさんと弟の椎那しいなさん、妹の静江しずえの姿もそこにあったから。
私にとっては従兄妹いとこ達――家族すらも熾杜しずは自分の手足とする為に化身に変えてしまったというの?
彼らの他には、家の使用人だった人や実湖みこに住んでいた同年代の子達…あの日、殺されなかった人々がこうして化身に変えられてしまったのかもしれない。

『なーに、どうしてそんなに驚くの?みーんな私の為に存在してるんだから、どう使ったって別に構わないでしょう?』

無邪気にそう答える彼女は本当に、楽しそうに笑っていた。

「な、何を言っているの…そんなわけないでしょう!」

思わず声を荒げてしまったけど、彼女からすれば私が意味不明な事を言っているようにしか聞こえないのだろう。
だけど、これだけは言わないといけない。

熾杜しず実湖みこの人達もあなたの玩具じゃないのよ!生命を弄ぶなんて…」
『もう、うるさいなぁ…弄んでなんかいないわよ。あんた達は、私の為の存在なんだからいいじゃない!』

うんざりした様子で熾杜しずは言う――自分は悪い事を何もしていない、と。

「…桜矢おうや
「ごめん、ここまで執着されるほど接触していないつもりだったんだけど…」

思わずジト目を向けている神代かじろさんに、桜矢おうやさんが申し訳なさそうに答えた。
…確かに、ここまで執着するとは誰も思わないよね。

そういえば、熾杜しずはもう【迷いの想い出】の中枢でないはずだよね…なのに、まだこれだけの化身を従わせられるの?
桜矢おうやさんへの執念思いだけで、ここまでしてしまうなんて――

「そう易々と、我が主に近づけさせるわけないだろうが…」

悠河はるかさんが桜矢おうやさんを守るようにして立ち、鞘から剣を抜くと刃の先を熾杜しずへ向けた。

『別に、悠河はるか様の許可とかいらないですーだ!仕方ないから悠河はるか様も待っててくれればいいのよ…本当はいらないけど』

おそらく桜矢おうやさんと悠河はるかさんが主従の関係にあるから、おまけみたいに言ったんだろうなぁ……

それよりも、熾杜しずの使役している親族達の開放が先だよね…でも、一体どうすればいいんだろう?
解放させる方法――天宮あまみや様が教えてくれた、あの方法・・・・しかないのはわかっているけど私にできるのかな。
今武器を持っているのは悠河はるかさんと八守やかみさん、おそらく古夜ふるやさんも持ってるはず。

熾杜しずは言っていた…人形これの相手をしてて、と。
つまり、攻撃手段のある三人の邪魔にならないよう相手の気を私が引けばいい。
もちろん私自身が、熾杜しず達に捕まらないようにしないとだけど……

今まで彼女の望みを私達一族は叶えてきたけど、さすがにこれはいけない――桜矢おうやさんを熾杜しずになんて渡さない。
罪には罰を…あの子はその報いを受けないといけない……
何の罪もない従兄妹いとこ達にもう一度死を与える――この罪は、私が背負って生きていく。


***

4/10ページ
いいね