10話:悠久の霧

もしかすると、熾杜しずは自分の運命を変えようとしたのかもしれない…だからといって、一年前にやった事は許してはいけない。
なるべく彼女を刺激しないよう気をつけながら、私はもう一度訊ねた。

「ねぇ、熾杜しず…どうして、そう思ったの?」
『だってそうでしょう!私の父親が本来、長になるはずだった…つまり、私が長の娘のはずなの!なのに何であんたが!』

表情を歪めた熾杜しずが叫ぶ――真那加達親子にすべてを奪われたんだ、と。

私の父は、熾杜しずの父親である伯父から長の役目を奪ったわけじゃない。
この真実を伝えたけど、彼女は首を左右にふって私の言葉を否定する。

『信じるわけないでしょう、あんたの言葉なんて!だから頂戴よ、その身体…あんたが私の代わりに消えればいいじゃない!』

まるで名案だというように、熾杜しずがはしゃいだ声で言った。
神となった自分が望んでいるのだから喜んで身体を差し出すべきだ、と……

「そんな事をしたって、私になれるわけじゃない。犯した罪が無くなるわけじゃないのよ!」

私達の故郷実湖を滅ぼしただけじゃなく、千森ちもりや関係のない人々を襲った事実は消えたりしない。
それに気づいてほしかったけど、彼女は理解できていない様子で口を開いた。

『ほんと、意味わかんない…私は、なーにも悪い事してないもの。霧の神である私は間違わないし』

黒い靄を纏わせた腕を上げ、こちらに向けて手をかざした熾杜しずは微笑んでいる。

『まぁ、いいわ…動かないでね。その身体、私がこれから先ずっと使うんだもの…傷つけたくないの、わかるでしょ?』

おそらく水城みずきさんの身体を奪った時と同じ方法を、彼女は使おうとしているんだと思う。
…でも、あの時と今とでは条件・・が違っている事に気づいてるのかな。
視界の端に見える天宮あまみや様が首を横にふっているので、熾杜しずが本当に気づいてないのは間違いない。

熾杜しずの目的は、私の身体を奪って桜矢おうやさんと結ばれる事…それとは別に、もうひとつある。
思えば私が天宮あまみや様と病室の鍵を探していた時、あの子は私でなく天宮あまみや様を見て言っていた。


――その力、せっかくだから利用しようと思ったのに…思わぬ邪魔が入っちゃったの。ねぇ、もう大丈夫だと思うから…それ、頂戴?


…つまり〈神の血族古代種〉の力を使って何かやろうとしている、という事だよね。
確か、天宮あまみや様の力は誰よりも強いのだと言っていた…だからあの時、直接狙ってきたんだろうな。
一年前の事さえなければ、天宮あまみや様がここを訪れなかっただろうから狙われる心配はなかったはず。
という事は、ここを訪れた為に狙われたのだとしたら私達が巻き込んだも同義だよね。

熾杜しずの言葉に警戒した八守やかみさんはもちろん、神代かじろさんと古夜ふるやさんも天宮あまみや様を守るように一歩前に出る。
天宮あまみや様の傍にいる禰々ねねさんが、不快感を顕わにして口を開く。

「愚かな…どうか【迷いの想い出】へのエネルギー供給停止を命じてください」
「それをすればどうなるか、わからない貴女ではないでしょう?あれはただの残滓…禰々ねね、少し落ち着きなさい」

首を横にふった天宮あまみや様が、禰々ねねさんを諫めると熾杜しずの方に顔を向けて訊ねた。

「黙って聞いていれば、先ほどからおかしな事を言ってますが――それは誰からの入れ知恵ですか?」

確かに、一体誰が熾杜しずに色々と教えたのだろう?
水城みずきさんの件は熾杜しず本人が話を盗み聞いたから知ったみたいだけど、それ以外は一体何処で知ったのかわからない。
そもそも今までの【迷いの想い出】の中枢となった人は、少なくともこんな危険な使い方をしなかっただろうし……

『…この世界を統べているという神様と、その御使い様よ。貴方達〈神の血族古代種〉とは違って本物の神様!』

私達の疑問に、何故か熾杜しずは笑いながら答えた。
――後で教えてもらったけど【迷いの想い出】の一部となっている為、応答拒否ができなかったみたい。
だから誤魔化しや偽りを述べず、律儀に答えてくれたんだね。

あれ、ところで『世界を統べる神様』って何?
学校の授業の中で、神話時代の話を聞く機会があるけど『世界を統べる神様』という存在っていたかな?

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