9話:鎮めの供物

最後のスイッチである、この端末をどのように操作すればいいのか悠河はるかさんから簡単な説明を受けた。
どうやら、ここの入口の時と同じで端末の上部に手をかざすだけで大丈夫みたい。
なので、ゆっくりと端末に手をかざそうとした時――

『……させない』

何処からか女の子の、どことなく私に似た声が聞こえてきた。
その声音は暗く沈んでいて、すべてを憎んでいるような…そんな気配さえする。
――間違いなく、熾杜しずの声だ。

一瞬周囲を巻き込むような風が吹いたかと思ったら、少し離れた正面の位置に肩までの長さの茶髪に灰色の瞳をした女の子・熾杜しずが俯きながら立っていた。
ただ、彼女は実体肉体を持っていないようで半透明の姿だった。
…確か、入れ替わった事で戻れなくなったと桜矢おうやさんが言っていたっけ。

自分の身に着けている水色のスカートを握り締めながら、私達に向けて言葉を続ける。

『――ふざけないで!!私はここの中枢…つまり【迷いの想い出】を司る神なのよ!これで私の願いが叶うはずだったのに』

今まで自分を祀っていたくせに、何故今になって役目を取り上げようとするんだと熾杜しずは言う。
生まれた時から1年前の儀式の日までの18年間…そして、それ以降の人生時間すべてを犠牲にした。
だというのに、この仕打ちはどういう事なのかと怒っているようだ。

…多分、自分が引き起こした事件については頭からきれいに消し去っているのだと思う。
もしかすると【迷いの想い出】の中枢となる事で、すべてが思い通りになるとでも考えていたのかな。
それこそ、周りの人に傅かれていた生前の状態を維持したかったのかもしれない。

「また随分と、愚かな思考をしているようですね。桜矢おうや悠河はるか…貴方達の怠慢が原因とも言えますよ?」
「それは…うん、ごめん」
「返す言葉もございません…」

天宮あまみや様の言葉に、桜矢おうやさんと悠河はるかさんが頭を下げて謝罪をしていた。
いや、2人のせいじゃないと思うし…どちらかというと、止めたり説教したりと教育はしていたもの。
むしろ、私の親類である熾杜しずの世話係達が元凶だし。

それにしても、熾杜しずは【迷いの想い出】を司る神になれるのだと本気で考えていたのかな?
……もしかすると、世話係の誰かが彼女に吹き込んだ事なのかもしれないけど。
神になったという勘違いなどして甚だしいですね、と神代かじろさんが呟いていた。

『――私はあんたとは違うのよ、選ばれた者なの!あんたが、私と同じ運命になればよかったのよ…そうしたら、私が桜矢おうやさんと結ばれたかもしれない!長の娘だったかもしれないじゃない!』
「え…いや、何でそうなるの?」

思わず私は素で訊ねてしまったけど、そう言ってしまっても仕方ないよね。
桜矢おうやさんに恋心を抱いていたのは知っていたけど、父の娘になりたかったってどういう事なの?
…えっと、少し理解できないかもしれない。

熾杜しずの両親は健在…といっても、あの日霧に飲み込まれて亡くなっているけどきちんと存在していた。
彼女の父親が私の父の兄で、自分は事故とはいえ人を殺めてしまっているので長としての『罪』を背負う事ができないと幼い頃に後継者から外れる事を選んだらしい。
殺めてしまった、と本人が言っているだけで…本当は森へ出かけようとしていた人を引き止め助けられず死なせてしまった、というのが真相だという。
――その事実を彼女も知っているはずなのに、どうして自分が長の娘だったかもしれないと考えたのだろう?

もしかして、それすらも世話役の誰かの入れ知恵で誤った認識をしてしまっているとか……?

でも、彼女の主張は大体わかった。
そして、私に対してどう思っているのかも。
自分が長の娘だったかもしれない、と確かに幼い頃から自称していた…その理由が、ここにきて初めて判明した。

それと、私の父に対しても憎しみを抱いていた可能性がある。
実湖みこの長は、本来なら熾杜しずの父親が――でも、私の父が実湖みこの長を継承していた。

彼女は『長の娘』と言っているけど、私の父の娘だとは一度も言っていない…聞いた人が勘違いしてしまう言動であったと、今ではわかる。
つまり、私達はあの言動を聞いた時に気づけばよかったのかもしれない。

今考えてみたら、桜矢さんと悠河さん2人が「それは間違った認識だ、きちんと当人に確認してみるんだ」とか言っていたわけだよ。
…あの頃は、熾杜しずが自分の気に入らない人に何か言ったとかよくあったから諭す為だと思っていた。

ひとりよがりな考えの彼女をどうするべきか、ここが問題だと思う。
多分、まだ【迷いの想い出】を自在に操れる可能性があるかもだから気を逸らせてから切り替えないといけない。
下手をしたら、また攻撃を仕掛けてくるかわからないもの……ここは彼女が自在に操れる庭のような場所、気をつけないと。

私達は彼女の次の動きに警戒しつつ、様子をうかがっていた。




――どうか、霧に飲み込まれた人々の心がこれ以上傷つけられませんように。
お父さん、水城みずきさん…どうか、立ち向かう勇気を私にわけてください。



そして、熾杜しず…どうか、これ以上罪を犯さないで。

あなたの事は好きじゃなかったけど、その手を血で汚してあなたを大切に思っていた伯父さん達を悲しませないでほしい。


私は思わず、そう願っていた。

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