9話:鎮めの供物

そんな事を考えていると、桜矢おうやさんに肩をたたかれて我に返った。

「ごめん、真那まなちゃん…驚かせたかな。今、悠河はるかが【迷いの想い出】にアクセスしているんだけど――その、中枢の変更の時に千森ちもり実湖みこどちらかの長の承認が必要でね」

悠河はるかさんが、その変更の手続きをやっているんだと教えてもらった…んだけど、長ひとりだけの承認で大丈夫なんだね。
不思議に思っていると、桜矢おうやさんがさらに教えてくれた――中枢に置く『』の出身である集落の長が、最後のスイッチを押す役目を持っているのだと。

千森ちもりの長は不適任であった為、その役目から降ろされる。次代の者は現在輝琉実ひかるみの教会で保護しており、すぐには来られない。故に、お前が実湖みこ最後の長として役目を果たさなければならない」

作業をしながら悠河はるかさんが言う、私の父も長としての務めを一年前にやったのだと。

〈咎人〉の長は、ただ一人を犠牲にするという『罪』を背負わなければならない。
それが、代々の長達の背負ってきたもの…だから様々な事を学んで己の使命を知り、そして精神力を強くしなければ務まらないのだ。

皆、誰かを犠牲にしなければならない状況は嫌だから……

「…ん、これは瀬里十せりとか?」

何かに気づいたらしい悠河はるかさんが、不思議そうな様子で手を止めた。
傍にいた桜矢おうやさんも、同じく首をかしげながら画面をのぞき込んでいる。

「間違いないね…どうしたんだろう、前に来た時に何か補助サポートシステムとか入れてくれたのかな?」

2人共、画面を見たまま考えている様子…一体どうしたんだろう?

神代かじろさんと古夜ふるやさんは、禰々ねねさんの説得…というか今の状況を説明し、条件の譲歩をしてもらおうとしていてこちらの様子に気づいていない。
とりあえず、桜矢おうやさんに声をかけて何があったのか訊ねようとした時――入口の方から、何者かの足音が聞こえてきた。

「どうやら遠隔操作できたようですね…瀬里十せりとは、低い確率でできるだろうと言っていましたが」

入口の方へ視線を向けると、そこにいたのは八守やかみさんと横抱きにされている天宮あまみや様だった。
天宮あまみや様曰く、一度失敗している事を考慮した瀬里十せりとさんという人が補助サポートともしもの時の操作と制御を遠隔でしてくれるのだという……

「それなら、僕らに教えてくれれば――」

桜矢おうやさんの言葉に、八守やかみさんに降ろされた天宮あまみや様が首をかしげる。

「言わなくても作業すれば嫌でも気づくだろうから大丈夫だ、と言われましたので。それより、禰々ねね…一体何をしているのですか?」

天宮あまみや様から禰々ねねさんに向ける言葉は、すごく冷たい。
おそらく怒らせている、という自覚はあるのだろうけど彼女の表情は変わらず感情が読めなかった。

「…神子、私は貴方の命に叛いていません」
「そうですか、私には叛いているようにしか見えませんが…それは、気のせいですか?」

そもそも今回の件に関しては、この地にいる〈神の血族〉の者の頼み事も聞くようにと命じていたはずだと天宮あまみや様は言葉を続ける。
神代かじろさんの言う通り、桜矢おうやさん達のお願いを拒否した時点で天宮あまみや様の命に叛いているという事だ。

「しかし、御身に傷をつけられたのです…優先事項を変更しても問題ないと思われますが」
「…私は言いましたよね。何が起こっても今回の件が終わるまで優先事項を変えるな、と――」

【迷いの想い出】中枢の変更は元々数年以内におこなう予定だったらしく、それが終わるまで天宮様神子の身に何があっても二の次にしろと伝えていたらしい。
多分それは禰々ねねさん的には、承服できる内容じゃなかったんだろうな。

申し訳なさそうに眉を下げた禰々ねねさんは、天宮あまみや様に向かって膝をつくとゆっくり頭を下げた。

「申し訳ありません…私は、貴方様の命令に叛くつもりはありませんでした。直ちに保存対象の変更をおこないますので、どうかお許しください」

禰々ねねさんは深く謝罪すると【生命樹】を操作しはじめたのか、その身体が淡く光を帯びる。
…おそらく仮初めの器の保存と一時的な維持を担ってくれる、という事なんだろうね。
水城みずきさんの安全は確保できたので、ひとまず私は安堵した。

膝をついての謝罪――そういえば、神代かじろさんが『神子の信奉者』だと言っていたよね…なるほど、禰々ねねさんの行動を見て納得。

それにしても、どうして頑なに拒否していたのだろう…?
――まさかここまで頑固とは考えていなかった、と桜矢おうやさんが言っていた。
なら、頑固さが桜矢おうやさん達の気づかない間にレベルアップしていたって事なのかな?

天宮あまみや様の傍に立った八守やかみさんが、膝をついたまま頭を下げる禰々ねねさんに訊ねた。

禰々ねね、何故天宮あまみや様の命を拒否した?」
「……私は、神子を護る為に生まれた存在。故に、神子の命以外は聞きたくなかっただけ」

この【迷いの想い出】で過ごす内に、少しくらい自分の望みを叶えてもいいはずだと考えてしまったのだという。

彼女は人工生命体ホムンクルスだから心というものを知らない、わからない。
だから接続していた【迷いの想い出】から彼女の本体である【生命樹】に様々な思い情報が流れ込んだのだろう、と八守やかみさんが推察していた。
多分だけど熾杜しずの影響が少なからずあったのかもしれない、と私は考える。
確かに困った事態には少しだけなったけど、数多の記憶に触れて禰々ねねさんの中に自我が芽生えたのなら良い事のような気もした。
…でも、条件の方をもう少し譲歩してくれてもよかったと思うよ。




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