9話:鎮めの供物

「――では、【生命樹】の保護対象の変更をおこないます。なお、この動作をおこなっている間の命令変更などできませんのでご注意ください」

何の感情もなくそう言った禰々ねねさんは目を閉じた、と同時に身体が淡く光りはじめた。
どうやら【生命樹】の操作をはじめたのだろうけど、そういえば何処に【生命樹】と呼ばれる兵器?の本体があるのだろう。
それが少し気になった…禰々ねねさんは【生命樹】のオペレーターだと、桜矢おうやさんが言っていたし。

処理しているだろう途中で、禰々ねねさんがうっすらと瞼を開けた。

「…異常を感知、【生命樹】一時停止します。あの方・・・のダメージが大きいように思われますが、何をされましたか?」

あの方?というのが誰を指すのか、最初わからなかった……でも、神代かじろさんはわかっているようで首を横にふって答える。

天宮あまみや様は、少々無理なさいました。変更作業後に治癒をお願いします」
「わかりました…ですが、私【生命樹】保護の最優先事項はあの方です。なので、現在の命令コマンドを拒否いたします」

そう言うと同時に、禰々ねねさんの身体の光は治まった…つまり、彼女は【生命樹】の操作をやめてしまったみたい。

「え、拒否って…何処までをやらない、って事なの?」

突然の事態に、思わず私は桜矢おうやさんに訊ねた。
彼も驚いた様子で禰々ねねさんに目を向け、ゆっくりと息をついて答える。

「…わからない。だけど、ここまで頑固だとは考えていなかったね」
「仕方がないですよ、【生命樹】は神子の保全を目的に造られたものですから…禰々ねね、何処まで拒否してますか?」

呆れたように首を横にふった神代かじろさんが、禰々ねねさんに訊ねる…多分、ここにいる全員が疑問に思っている事だ。
彼女は視線をこちらに向けず、虚空を見つめたまま口を開いた。

「現在【迷いの想い出】の中枢である、個体名を熾杜しずおよび予備中枢である仮初めの器への保存および生命維持を中止しています」

――つまり【生命樹】は、すべての動作を止めたという事になる。

深いため息をついた神代かじろさんは、厳しい表情のまま禰々ねねさんに目を向けた。

「中枢の保存と生命維持は天宮あまみや様の命のはず。中止させるという事は、あの方の命に叛くのと同義…この世界の柱たる神子の信奉者である貴女の存在意義が失われますよ?禰々ねね、ひとつ前の命令は実行したままにしなさい」
「……わかりました、【迷いの想い出】中枢への保存および生命維持を再開します」

視線を落とし思案した様子の禰々ねねさんは、渋々といった感じで答える。
そして、わずかに身体を光らせた後に言葉を続けた。

「【生命樹】より【迷いの想い出】への再接続を確認、中枢システムへの補助サポートを再開しました。なお、新たな命令入力は神子のみ承認します」

神子…つまり、天宮あまみや様以外からのお願いは聞けないと禰々ねねさんは言っている。

「そんな…」

私は、思わず両手を口元に当てて呟いてしまった。
確かめるように彼女の方を見たけど、やはり首を横にふって拒否の構えだ。

でも今から天宮あまみや様を呼びに戻る時間はないし、そもそも体調の悪い天宮あまみや様をここに連れてきて大丈夫なのかわからない。
一体どうするべきか、桜矢おうやさん達の方をうかがうが彼らに慌てた様子はなかった。
もしかして…何か、いい方法があるのかな?

首をかしげていると、突然桜矢おうやさんに手を引かれた。

真那まなちゃん、とりあえずこっちに…禰々ねねの事は、神代かじろ古夜ふるやに任せておけばいいから」

手伝ってほしい事がまだあるのだと、言葉を続けた彼は悠河はるかさんに目配せする。
小さく頷き答えた悠河はるかさんは、【迷いの想い出】本体の傍にある端末を操作しはじめた。
私には何をどうしているのか、さっぱりで…本当に力になれるか、少しだけ不安になってきたかも。

ふと、神代かじろさんと古夜ふるやさんの様子をうかがってみると禰々ねねさんと何やら話をしていた。

「【生命樹】が現在おこなえる事は他に何が残っていますか、禰々ねね?」
「…神子の保全、世界の直近にできた傷の修繕、【生命樹自己】保全の3点です」

禰々ねねさんの言葉に、頭を抱えた古夜ふるやさんがため息をついている。

「他にもあっただろう…【生命樹】の機能は。まさかと思うが、我々が命じられるのは世界の直近にできた傷の修復だけか」
「はい。他に必要な機能がありましたら、神子の承認をお待ちください」

…これ、今日どうにかできるレベルの話じゃないよね。

7/10ページ
いいね