1話:喪失の欠片

「……真那まなちゃん」

――誰かが、私の名前を呼んでいる……

気がつくと……私は、真っ暗な場所にいた。
……ここ、何処だろう?

真那まなちゃん…久しぶりだね」

背後からそう声をかけられたので振り返ると、そこには金茶色の髪の青年が微笑みながら立っていた。

……誰?
私がわからないでいると、青年は少し悲しそうな表情を浮かべた。

「あ、あの……」

彼に悪い事をしちゃったかも…と考えて、私は慌てて声をかけた。

「ごめんなさい…私、なんだか…その、記憶が一部抜けちゃってるようで……」
「仕方ないよ。あんな事・・・・があったんだから、僕は気にしてないよ……でも、元気そうで安心した」

そう答えた青年は、優しく私の頭を撫でる。
それがなんだか、とても懐かしい感じがした……

「…真那まなちゃん。これ……」

何か思い出した様子の青年が、ゆっくりとこちらに手を差し出す。
――そこには……

「桜のペンダント…?」
「うん、真那まなちゃんの落とし物だよ」

そう言うと青年は、私の首元に桜のペンダントをつけてくれた。

「ぁ……ありがとう!」

私は彼にお礼を伝えると、首元のペンダントに視線を落とす。

小さな桜の花が3つ連なった、淡いピンク色のペンダントだ。
――多分、私が身に着けていたもの………ううん、私が一番気に入っていた大切なペンダント。

少し思い出せた事がすごく嬉しくて、私は青年の方へ視線を戻した。

「………あれ?」

だけど、もう……そこには誰もいなかった。
まるで初めから誰もいなかったかのように、辺りはシーンと静まり返っている。

「ぁ…あのー」

真っ暗な中、私の声だけが虚しく響くだけだった。

…私の呼びかけに、誰も答えてくれない。
すごく孤独を感じる………

「…………」

私が困って周囲を見渡していると、先ほどの青年の声が何処からか聞こえてきた。

「…真那まなちゃん。ここにいると危ないよ……だから、目を覚ますんだ!」
「……えっ?」

理由わけがわからず、呆然としていると――


クスクス…………

クスクス…………


…何処からか、誰かの笑い声が聞こえてきた。

なんだか、急に辺りの気温が一気に下がってきたみたいで……すごく寒い。

「……おいでよ」

突然、何処からか幼げな女の子の声が聞こえてきた。
一体何処から声をかけてきているのか、まったくわからない……
だけど、誰かが私に向けて話しかけてきている。

「…キミも一緒に遊ぼうよ!」

今度は、男の子の声が聞こえてきた――それも、とても近くで。

私は怖くなって、思わず自分の耳を手で塞いだ。

「……怖い」
「…真那まなちゃん、早く逃げるんだ……」

あの青年の声が、さっきよりも小さく聞こえてきた。
その声に我に返った私は、振り返って全速力で走る――

何処に行けばいいのか、何処へ逃げればいいのか……

それはわからないけど、気がつくと身体は勝手に走りだしていた。
――30分くらいかな…時間の流れがわからないけど、もしかしたらあまり経っていないのかもしれない。

真っ暗な闇の中、突然ひと筋の光が差してきた。
その光は真っ暗な闇を照らすと、聞こえていた声達を飲み込んでいく……

「……真那まなちゃん。その光の中を行けば、帰れるよ……」

青年の微かな囁き声が聞こえてきた。
……彼が、何処にいるのか――それはわからないけど、優しく私を守ってくれている温もりを感じていた。


***


「……ぁ」

目を覚ますと、そこは医院にある私の部屋病室だった。
隣には、水城みずきさんが小さな寝息をたてて眠っている。

静かにカーテンを開けると、きれいな星空と虫の音色……眠る前と、何も変わらない夜の景色だった。

さっきの夢は……一体、何だったんだろう?
そう思いながら、ふと首元に手をあててみた。

「……っ!?」

夢の中、彼につけてもらった桜のペンダントがそこにあった。
という事は……あれは、夢じゃない?
だって、眠る時には首元にペンダントはなかった……そもそも、何もつけてなかったもの。

この状況を、少し考えてみたけどわからない。

あの夢は、現実だったのか……?
青年やあの声達は、一体何だったのか?

…考えれば考えるほど、頭の中がこんがらがってきた。
明日、水城みずきさんに相談してみようかな…私ひとりで考えても、多分答えを見つけられない。
水城みずきさんが、夢の話を信じてくれるかはわからないけど――きっと相談に乗ってくれると思えたから。

私はペンダントに手を添えて、再び目を閉じる。
また、あの夢を見るのかな……と警戒したけど、今度は深く深く眠れた。

――安心して眠れたのは多分、まだあの青年に守られている感覚があったからだと思う……

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