8話:真実の刃

涙をぬぐって気持ちを落ち着かせていると、十紀とき先生の手を借りて上体を起こした桜矢おうやさんは肩を軽く鳴らす。

「あぁ、やっぱり一年離れていたから身体が鈍ってしまったね」
「それはそうだろう、一年も眠っていればな…」

呆れた様子で答えた十紀とき先生――って、あれ?私は起きてすぐに動けたよね?
本当だったら、こんなに動き回ったりできないはずで……

困惑していると十紀とき先生や神代かじろさん、古夜ふるやさんも困ったような表情を浮かべたまま何も答えてくれなかった。
一縷いちるの望みをかけて天宮あまみや様や桜矢おうやさんの顔を見つめるも、こちらも困った様子で黙り込み――少し沈黙の後、彼らの中でどういう話し合いがされたのかわからないけど小さくため息をついた天宮あまみや様が口を開く。

「…それは、貴女がっ!?」

不意に言葉が途切れたので驚いてしまったけど、それは仕方なくて…慌てていたのか、神代かじろさんが天宮あまみや様の口を強かに塞いでいたから。
勢いよく口を塞がれたせいで、天宮あまみや様は言葉の続きを紡げなくなったみたい。
何かフォローした方がいいかもしれない、と私が口を開きかけた時…この部屋の扉が、バーンと強い力で開けられた。
驚きながらそちらに目を向けると、そこにいたのは息を切らせた八守やかみさんだった――心なしか、お怒りな様子で。

走ってきただろうに足音もなく現れた八守やかみさんに、神代かじろさんは急いで天宮あまみや様の口から手を離した。
その様子をただただ無言で見た後、何故か古夜ふるやさんをひと睨みする。

「…………」

一瞬口を開きかけた古夜ふるやさんだったけど、相手の怒気に何も言えなくなったみたい。
どうしたらいいのかわからない空気の中、こちらにやって来る2人分の足音が聞こえてきた。
……ひとりは穐寿あきひささんだと思うけど、もうひとりは誰だろう?

少し警戒しながら、扉の方へ視線を向けていると――やって来たのは予想通り穐寿あきひささんと、何処かで見た事のある人だった。
だけど、うーん…名前が出てこない。

「やぁ、悠河はるか…久しぶり、というべきかな?」
「時間感覚で言えば、それでよろしいかと…ですが、ご無事でよかった」

――そうそう、名前は悠河はるかさんだ。
桜矢おうやさんのベッド傍に駆け寄った悠河はるかさんは、桜矢さんの手を取って自分の額に押し当てた。
肩を小さく震わせている悠河はるかさんに、桜矢おうやさんが小声で「ごめん…心配かけて」と謝っているようだ。



お怒りの八守やかみさんが勢いよく破壊するように開けた扉を直してから、もう一度鍵を閉める。
そして、神代かじろさんと十紀とき先生の血を使って結界をはった……ただ、天宮あまみや様の血に比べたら弱いのだと言っていたけど。

落ち着いたところで、私は先ほど聞こうとした疑問を訊ね直す。

「あの…ところで、さっき天宮あまみや様は何を言いかけたんでしょうか?」
「…知る権利がありますから、彼女には。教えない優しさは残酷なものですよ?」

頭を八守やかみさんに撫でられていた天宮あまみや様が、誰に言うでもなく呟いた後に彼の手を払いのけた。
手を払いのけられた八守やかみさんは、何故か苦笑していたけど。

天宮あまみや様の言葉があったからか…桜矢おうやさんや十紀とき先生達は、お互いに顔を見合わせて何かを確認し合っているみたい。
少しして、桜矢おうやさんが申し訳なさそうに口を開く。

「…真那まなちゃんが目を覚まして、すぐに動けた理由はね――」


桜矢おうやさん曰く…私が目覚めるひと月くらい前、半ば霧に捕らわれた状態で操られていたらしい。
その間、私の桜矢おうやさんが護っていたそうだけど……

どうしてそんな状態になったのか、不思議に思っていたんだけど…その時、頭にある光景が浮かんだ。
――逃げ惑う人々の間を桜矢おうやさんに手を引かれて走っていて、刃物を持っている人と出くわしたら悠河はるかさんが引き倒しているところを。

そうしてたどり着いたのは、輝琉実ひかるみへ続く道路脇の茂み…私は全力疾走をし続けたせいで、意識が朦朧としていた。
だから、そこで桜矢おうやさんと悠河はるかさんがどんな話をしていたのかまではわからない。
…ただ、桜矢おうやさんに「しばらく休みがてら隠れているように」と言われて木の陰に身をかがめていた気がする。
悠河はるかさんが葉の付いた枝や草など持ってきて、私を覆い隠すようにかけてくれたっけ……

その後、2人は何処かへ向かっていったと思うんだけど…その間、私は気を失うように眠ってしまったような?

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