8話:真実の刃
琴音さんの妹さんの子孫に当たるのが、2つの集落を治めている【祭司の一族】…つまり、水城さんと理哉さんや実哉さんは縁戚同士。
ただ、2つの集落に存在している【祭司の一族】は婚姻関係を持つ事もあるから私とも縁戚になるらしい。
今までお互い交流していなかった理由は、背負っている使命故に仕方なかったのだろう……
少しずつ戻っている記憶のおかげで、桜矢さんの話をすんなり理解できた。
そして、【祭司の一族】の背負う使命がどういうものなのかも。
【祭司の一族】が行っていた、霧を治めて祀る――こうなってしまえば、千森だけでも救わないといけない。
私達の集落は滅んでしまったけど、せめてこの集落だけでも救いたい。
あれ…そういえば、さっき『水城さんが助けようとしてくれた』と彼は言っていたよね?
水城さんもここにいるなら、救えるのなら探さないと……失いたくない、大切な友達だもの。
私の考えに気づいた桜矢さんは、何故かゆっくりと首を横にふった。
「……彼女は、この霧――【迷いの想い出】と同調して、この空間をあの子の支配から一時的に隔絶してくれているんだ」
霧に飲み込まれ生命を落とした死者達は、本来ならば【迷いの想い出】内に造られた空間にたくさんいるのだという。
その『死者達の存在』を止められた理由は、天宮様と神代さんの力添えを受けた水城さんが【迷いの想い出】を制御しているからだ。
……そして、水城さんの身体は魂の入れ替えによる負荷で元に戻らない。
要するに、霧の力で無理矢理生かされている状態らしい。
「――水城はね、この【迷いの想い出】の中枢として機能しはじめている…つまり、仮初めの器が今彼女の身体となっているんだ」
仮初めの器、というのは……その昔、桜矢さんの従弟さんが作ったもので【迷いの想い出】に拒絶されたせいで器だけ残されていたものだと教えてもらった。
それが身体を奪われた水城さんに適合したから、【迷いの想い出】の中枢を半分掌握できたみたい。
「九條の造った、仮初めの器――あれがなかったら、魂だけの状態である彼女は霧に狂わされていただろうね……」
…水城さんが【迷いの想い出】の『要』となっているのなら、今あの子の立場はどうなるのだろう?
『要』としての役目を半ば剥奪されたあの子は、水城さんの身体に宿った『霧』の化身という事になるのかしら……?
「…うん、真那ちゃんのその考えで大体合っているよ。ただ、ここの支配権はまだあの子にもあるから…支配権を水城へ移す為に、浄化作業が必要になるんだ。それよりも――」
ベッドから立ち上がった桜矢さんが私の手を握ると、奥の扉に目を向けた。
「時間もないみたいだけど、戻る前に水城と会ってほしい。多分、これが会話できる最後の機会になるだろうから……」
これから【迷いの想い出】の中枢となり制御していくので、おそらく人としての意識は無くなる。
――そうなれば、彼女は彼女でなくなるようなものだからと。
時間がないのはわかっている…けど、ここで会っておかないと後悔しそうな気がする。
会えるのなら会いたい、そう考えた私は桜矢さんの言葉に頷いて答えた。
私の願いに、微笑んで頷いた桜矢さんが奥の扉に向けて手をかざす。
すると扉の前に白い靄が現れ、徐々に人の形をとっていく……現れたのは、私のよく知る彼女の姿だった。
「……水城、さん」
本当に水城さん本人なのかわからなくて、恐る恐る声をかけた。
彼女は悲しそうに微笑むと、私の呼びかけに答える。
『うん…真那ちゃん、ごめんね。それに約束、守れなくなっちゃって……せっかく仲良くなれたのに』
そう言うと、目に涙を浮かべた。
彼女が謝罪している理由…それは、お祭りを一緒に見て回ろうと約束していたから。
こうなってしまったら、約束どころか一緒に友情を育む事も出来ない。
どうやら水城さんは、それを嘆いているようだった――私だって、水城さんとこのままお別れになるのは嫌だ。
ゆっくりと傍までやって来た水城さんは、私を抱きしめると囁いた。
『桜矢さんから話は聞いてるから、私は大丈夫…それに皆、きっと真那ちゃんに力を貸してくれる。私達でこの悲劇を、きっと終わらせられる――……ごめん、もう時間がないみたい』
徐々に水城さんの姿が薄らぐと、そのまま消えてしまった。
「えっ、水城さん…?時間って……」
慌てて水城さんの姿を探すけど何処にもいないし、何も答えてくれない。
どういう事なのか、桜矢さんに訊ねると彼は首を横にふった。
「時間がなくなった…多分、残留していた水城の人格が消えてしまったんだと思う」
人格が消えてしまった、という意味をすぐに理解できなかった…だって、さっきまでそこにいたよね?
まったく理解できない…ううん、理解したくない私に桜矢さんは言葉を続けた。
「仮初めの器に宿った水城は……多分、自我を維持できなくなってしまったんだと思う。ごめん、こうなってしまったのは――」
不意に言葉を切って、天井へ目を向ける。
「わかってる、すぐに戻るから……真那ちゃん、詳しい話は戻ってからするよ。少し負担をかけすぎたみたいなんだ……」
混乱したままな私の返事を待たず、彼は天井へ向けて手をかざした。
現れた光の環が私と彼を包み込んで、そのまま意識は浮上するような感覚に包まれる。
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