8話:真実の刃

切断された右腕を拾いあげ、黒い靄の力で傷口を合わせて接着させた後…足早に去っていく白い青年とよく見知っている少女の後ろ姿を見やり、赤髪の娘は小さく舌打つと足元に転がっていた黒い小さな塊を蹴り飛ばす。

「あぁーあ、このお人形も使えなくなっちゃってるし…つまんなーい」

口を尖らせて文句を言う赤髪の娘は、警戒する青緑色の髪の青年に視線を向けた。
彼女の言動に、眉を少し動かした青年が切先をゆっくりと彼女に向けて動かす。

「……一年前、お前は同じ事をやっただろう?そう何度も通じると思うな」
「ふぅ~ん…貴方達だって学習してるから、さすがに同じ轍は踏まないって?」

伊達に永く生きていないよね、とクスクス笑いながら彼女は言葉を続けた。
誰がどう聞いても小馬鹿にしたような言い方だが、彼は無表情なまま反応しない。
何も反論してこない相手に、赤髪の娘は更につまらなそうに地面を蹴った。

「まぁいいや…ねぇ、何で邪魔するの?あいつが代わりをすれば、私は自由でしょ?貴方達からしたら、どっちでも構わないはずだよね?」

自分と彼女あいつは従姉妹なのだから、交代したとしても問題ないはずだ…と、言葉を続ける。

「……問題ない、わけがないだろう?お前は水城みずきと同じ――いや、それ以上に強い力を持っているんだ。逆に、あの娘は何も持たない…だから、代わりは務められない。そもそも、何年も前から罪を犯し続けているお前が許されるわけないだろう」

首をかしげる赤髪の娘に目を向けていた青年は、何の感情も込めずに答えた。
何もわかっていない彼女の様子に、咎人の一族は何を教えてきたのかと内心呆れてしまう。
彼女の言動だけでもわかるが、咎人の一族は自分達の代わりに『償いの贄』となる娘を憐れんで望みを叶えていたのだろうと安易に想像できた。
それも、おそらく桜矢おうや悠河はるかに気づかれないよう動いていたのだろう……
あの2人桜矢や悠河は抜けている上に、咎人達の行動をある程度見過ごした結果が現状なのだから迷惑この上ない。

繋がったばかりの右腕を掲げ、手のひらを握ったり開いたりを繰り返した赤髪の娘は青年の方を向いて何が面白いのか笑みを浮かべた。

「ふふふ…罪、って?なんで、私だけが許されないの?あの方に触れたら駄目なのに触れているあいつだって、罪を犯しているでしょう?本当に意味わかんなーい!」
「…本当にわかりませんか?そもそも、その身体は貴女のものではない…他人の身体を、勝手に奪い取った時点で大罪だと思いますが――」

彼女の言葉に答えたのは目の前に立つ青年ではなく、彼の背後から現れた深緑色の髪をした白衣の青年だ。
視線だけを背後に向けた青年は、白衣の青年へ声をかけた。

「遅かったな…穐寿あきひさ、何か問題でもあったのか?」
「いえ…と簡単に打ち合わせた後、実哉みやへ最期の手向けをしてました――遅くなりすみません、八守やかみ

白衣の青年・穐寿あきひさが、青年・八守やかみに向けて軽く頭を下げて謝罪する。
八守やかみは大丈夫だと答えるように首を横にふると、視線を彼女の方へ戻した。

彼らの会話を聞いて、自分の手足となる化身がまたひとつ壊されたと知って頬を膨らませる。

「えぇー…せっかくみんなで仲良く遊んでいたのに、私のお人形を壊しちゃったのぉー?また増やさないといけないじゃない、もぅ」

おそらく、彼女は化身に変えた人々を人形――それも、壊されてもすぐに補充できる消耗品としか考えていないのだろう。
内面の幼さ故の残酷さ、とでもいうのか……まったく悪びれた様子はない。

「でもぉ…貴方達って、お人形にはならないんだよね?本当につまんない存在だよね、あの方以外は本当にゴミ」

彼女の、あまりにも身勝手な言い分に八守と穐寿2人は思わず眉をひそめた。
わかっていた事ではあるが――これ以上何を言っても、この娘には響かないだろう。

何も反論してこない彼らの様子に、赤髪の娘は笑みを浮かべると黒い靄を周囲に出現させる。

「よーし…それじゃあ、邪魔なゴミは増えない内にさっさと片付けないとだね?」

けしかけるように黒い靄を鋭い刃のようにすると、八守やかみ穐寿あきひさに向けて攻撃を仕掛けた。


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