7話:記憶の海風

其の昔、りん国王家に嫁いできた〈神の血族古代種〉の王女がある特別な力を持っていたそうだ。
王女の持っていたといわれる特別な力――それは秘匿された罪の証の動きを察知できるというもので、今りん王家でその力を持っているのは陛下と王太子殿下…そして、天宮あまみや様だけであった。
……まぁ、天宮あまみや様は〈神の血族古代種〉の者であるから当たり前なのだが。

そして、秘匿された罪の証は何もりん国にある『霧』だけではない……この世界、各地に存在する。
――噂では、数年前からめい国に秘匿されていた罪の証が動いているらしいのだ。
脅威の高さで言えば、あちらの方がこちらよりも上である。
……例え、高い察知能力を有していたといわれる〈神の血族古代種〉の王女が存在したとしてもすぐに気づけなかっただろう。


「それは、まぁ……今更のお話ですけどね。それよりも、実哉みや…わたくし、貴女とは良い友人関係が築けたと思っておりますの」

ゆっくりと短剣を構えた青髪の娘は、友人であり義姪めいでもある実哉みやに声をかけた。
彼女の亡くなった心に少しでも届けばいい――最期の手向けとして語りかけたが、少し時間を使い過ぎてしまったかもしれない。
このままでは、実哉みやが同じ状態になっている他の化身達を呼び寄せるだろう。

(久しぶりの実戦、身体が鈍っていないといいのですけど……せめて、一撃で――)

……一撃で仕留められれば、彼女を無駄に苦しませなくて済む。
それを理解しているので、目を閉じてゆっくりと呼吸を落ち着かせるように深く息を吸った。

虚ろな状態の実哉みやがどんな動きをするのか、まったくと言っていいほどわからない。
――だから、刺し違える覚悟も同時にする必要があるだろう。

実哉みや、お願いです……どうか、安らかに。わたくしは、大切な友である貴女の為だけに祈りを捧げます)

呼吸を整え、瞼を開けた青髪の娘は一歩足を踏み出した。
青髪の娘が動きだしたというのに、実哉みやは虚ろな瞳を向けたまま首をかしげている……まるで、相手が何をしようとしているのか理解できないというように。

短剣を構えたまま駆け寄った青髪の娘は、実哉みやの胸元…心臓めがけて刃をつきたてた。
…しかし、つきたてられた傷口から滲みでたのは鮮血でなく――

「えっ……」

真っ黒な靄のようなものが溢れて、青髪の娘と実哉みやの周囲を囲み込むように現れた。
突然の事態に驚きつつも青髪の娘は実哉みやの胸元から刃を抜いて、勢いをつけて彼女の首に狙いを定める。

「ごめんなさい……っ」

そう呟いて、実哉みやの首めがけて斬りかかる――が、その直前で黒い靄によって短剣の刃が折られてしまった。
予想していなかった事態に困惑していると、実哉みやは虚ろな瞳を彼女に向けて微笑んだ。
その笑みの意味が理解できなくて、青髪の娘は驚愕の表情のまま彼女を見つめ返す事しかできない。
だから、気づくのが遅れた……背後に迫っていた黒い靄のようなものの存在に。

すぐ背後まで迫っていたそれの気配に気づき、慌てて振り返るがすでに対処できない状況であった。
どうする事もできず、ただ黒い靄の動きを見ているしかできない――死を覚悟した青髪の娘は、思わず目を強く閉じる。

「っ……」

――その瞬間、何かが転がるような音と倒れるような音がほぼ同時に聞こえてきた。
恐怖で閉じていた目を開けると…そこには巫女の衣装を赤く染めた実哉みやの身体と、少し離れた所に赤く染まった桃色みある茶髪の塊が見える。
……つまり、あの桃色みある茶髪の塊は実哉みやの頭なのだろう。

一瞬、どうして実哉みやの頭が斬り落とされているのか理解できなかったが……すぐに、自分の傍らに息を切らせた誰かが立っている事に気づいた。
ゆっくりと目を向けると、そこにいたのは深緑色の髪をした白衣の青年だった。

「……穐寿あきひさ先生、ですの?」

何故、医院にいるはずである深緑色の髪をした青年・穐寿あきひさがいるのか…わからなかったが、彼の手に持つ刀の存在に気づき理解する。
自分を救う為に、実哉みやを斬ったのが穐寿あきひさなのだという事を――

「間に合って…よかったです。彼女が、一時的にアレの直接の支配から外れていたのは幸いでした……」

穐寿あきひさの話によると、今まで実哉みやは霧の中枢である者の器にもなっていたのだという……
現在は別の人間を器として使っているので、彼女は直接の支配から外れていたようだ。
なので、自己防衛能力ともいえる黒い靄の反応が鈍っていたので助けが間に合ったのだと教えられた。

そして、実哉みやだけではなく……あの日、霧に飲み込まれた者達全員が代わる代わる器となって活動しているらしい。

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