7話:記憶の海風

先に入った天宮あまみや様が寝台の傍らに立って、呆れたようにそこで眠る人の様子をうかがっている。
十紀とき先生は寝台の、天宮あまみや様がいる方とは反対の位置にある医療機器の確認をしていた。
私は神代かじろさんに促されるまま天宮あまみや様の傍まで近づいて、寝台に横たわる人の顔をうかがい見る。
――横たわる人は私と同い歳くらいの、金茶色の髪の青年が深い眠りについていた。

少し顔色が悪いみたいだけど……って、あれ?
気のせいじゃなければ、彼とは何処かで会ったような?

無意識に、身につけている桜のペンダントに触れながら思案し――そこで思い出した。
私が今触れている、このペンダント…これを届けてくれた青年に似ているんだ。
でも、どうして夢の中で会った彼がこの病室で深く眠っているの……?
そして、彼女が執着していたのは……彼?

「彼が桜矢おうやです…まぁ、今は霧の影響で魂が身体から出ている状態ですが」

私が混乱しているのに気づいた神代かじろさんから、彼についてを教えてもらった。
どうやら彼自身の持つ力のおかげで化身となったり、完全に取り込まれずにすんでいるそうだ。
だけど、身体は霧の毒に冒されているので回復の為に深く眠っているのだという……

そういえば、〈神の血族古代種〉の人達にとってあの霧は毒のようなものだと教えてもらったんだった。
……という事は、彼はあの霧に触れてしまったという事だよね?
どうして、そんな事に……あの時、別れた後に一体何があったというの?

不意に激しい頭痛がして、私は自分が今何を考えていたのかわからなくなってしまった。
あれ、何だったっけ……大事な何かを思い出せそうな気がしたのに――

「……中途半端に、記憶封じの術をかけたせいで解けかけているみたいです。まったく…桜矢おうやは何をやっているんだか――本当に、困った従兄殿ですね」

神代かじろさんが私の頭に触れると、あれだけ感じていた痛みが嘘のように消えた。
そういえば、天宮あまみや様にも同じような事をしてもらって痛みが消えたような……
という事は、この頭の痛みは桜矢おうやさんのかけたという術のせい?

「別に貴女を苦しめようと、彼はこの術を使ったわけじゃない。ただ慌てていたから…結果的に、そうなってしまったんだと思います」

何処か抜けている従兄殿らしい、と神代かじろさんは苦笑している。
――ところで天宮あまみや様も、この青年の事を『困った従兄殿』だと言っていたよね?
えっと、十紀とき先生と神代かじろさんが従兄弟だって聞いたけど実は兄弟で……2人と天宮あまみや様が従兄弟同士。
うーん……私以外、ご親戚なんですね。

それよりも――どうして記憶を封じるような術を、彼は私にかけたんだろう?
私は自分の名前以外を忘れてしまって、とても不安だったけど……でも、そうする事で私を守ろうとしてくれたのかな。

ふと気づくと、神代かじろさんと天宮あまみや様は声に出さず何か話をしている様子だった。
……一体、何を話し合っているのだろう?
それよりも、主従関係になくても〈神の血族古代種〉の力で会話ができるのね……

話し合いをしているのに邪魔してはいけないので、少しだけどうしたらいいのかわからない……ふと、十紀とき先生に視線を向けると目が合った。
…私と目が合っているという事は、少なくとも十紀とき先生は神代かじろさんと天宮あまみや様の話し合いに参加していないのかもしれない。

そう考えていると、十紀とき先生が静かに手招きをした……んだけど、誰を呼んでいるのだろう?
疑問に首をかしげながら、恐る恐る自分を指してみた――違っていたら、かなり恥ずかしいけど……
私の行動に頷いて答えた十紀とき先生は、もう一度手招きをする。

「あの…どうしましたか?」

小声で訊ねながら近づいていくと、十紀とき先生が顎で神代かじろさんと天宮あまみや様を指して口を開いた。

「今、あの2人はどちらが力を使うか軽く揉めているんだが…私から言わせれば、どちらでも構わない――むしろ、どちらも身体が限界なのだからな。どうせ、力を使えば倒れるだろうし……」

十紀とき先生の言葉に、一瞬だけ神代かじろさんと天宮あまみや様の動きが止まったように見えたけど気のせいだと思いたい。
というか…倒れたら自分が診るのだから、と十紀とき先生は欠伸をした。
神代かじろさんの傍に立っている古夜ふるやさんも、十紀とき先生と同じで2人の会話を聞いていたからか…視線を明後日の方向に向けている。


――しばしの静寂の中、どういった話し合いが為されたのかわからない…けど、彼らの様子で話し合いは終わったみたい。
この間20分くらいの出来事であったけど、なんだか長い時間が経ったようにも感じた。

「…長らくお待たせしてすみません。ようやく話がつきました…十紀ときの手を煩わせない方法でやりますから安心してください」

そう言った天宮あまみや様は、閉じていた瞼を開けて現れた水色の瞳を十紀とき先生へと向ける。
…気のせいじゃなければ、十紀とき先生をひと睨みしたんだと思うんだけど――当の十紀とき先生は、肩をすくめて笑っていた。

とりあえず、丸く収まったようだから……いい、んだよね?


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