7話:記憶の海風

途中、徘徊している化身の人達から身を隠しながらではあるけど――私達は、なんとか医院へと戻れた。
恐る恐る医院の扉を開けてみると、荒らされて足の踏み場がなかった待合室だったのに少しだけ片付けられているのに気づく。
もしかして、古夜ふるやさんが目的の病室までの動線を確保する為に片付けてくれたのかな……?
そして、目的の病室――多分、上の階にある病室なんだろう。

どうして彼女が、その病室の鍵を手に入れようとしたのかわからないままだ。
それだけ強く執着しているという事は、彼女のあの様子でなんとなくだけど理解できた。
……その誰かへの執着心と、私への憎悪がどう繋がっているのか?

ショックな出来事と疑問だらけな上に、未だ混乱もして精神的に限界だった。

「――んで、どうして……」

そんな言葉しか口から出てこなくて、自然と目から涙が零れた。
……なんとか涙を止めようとしたんだけど、次から次へと零れ落ちてきて止められない。
私の状態に気づいた神代かじろさんが、私の背をさすりながら少し落ち着くまで傍にいてくれた。

短時間だったと思うんだけど…私には長時間、泣き崩れていたような感覚だった。
――でも、まだすべてが終わったわけじゃないから…私がここで弱っていてはいけない。

落ち着く為に深呼吸をした私は、何も言わずに傍にいてくれた神代かじろさんにお礼を言う。
彼は微笑みながら頷いて、私の頭を優しく撫でてくれた。
そして、静かに待っていてくれた十紀とき先生と天宮あまみや様に謝罪する。

「すみません、もう大丈夫です……」
「いや、こちらも配慮が足りなかったからな…気にしなくていい」

十紀とき先生は首を横にふって謝罪した――本当はこうなる前に、自分達が手を打っておくべきだった。
そうしておけば、この集落の人間も霧に狂わされる事なく…水城みずきさんもあのような事にならなかっただろう、と。

「…結局、僕らも心の何処かで〈咎人〉の血を引く彼らを憎んでいたんだと思います」

だから、口では「彼らを守らなければならない」と言いながら、今まで行動を移せずにいたのだと神代かじろさんが言葉を続けた。
今回の悲劇を引き起こした原因は他でもない、自分達〈神の血族古代種〉だろうと――そういえば、天宮あまみや様も言っていたよね…鳴戸さん達が医院を襲撃した時に。


――〈咎人〉の血を引く者達よ…私は、お前達を赦したわけではない。お前達の罪は、決して消えやしない…それだけは、忘れないでくださいね。


あれは、どういう意味だったのか…私も何か関係しているからか、その言葉は心に重くのしかかるような感じがした。
天宮あまみや様や神代かじろさん達が抱いている憎しみ……私達の先祖は、一体どんな罪を犯してしまったというのだろう?




私達は十紀とき先生に案内されて、ふたつ上の階の一番奥にある病室前までやって来た。
……どうして、ここだけ鍵をかけて厳重にしているのか気になる。

私が首をかしげ不思議に思っていると、背後からこちらに近づく足音が聞こえてきたので息を飲んだ。
一体誰が…とふり返って正体を確認する。
やって来たのは、青みのある黒髪の青年であった。

古夜ふるや…粗方、片付いたか?」

青みのある黒髪の青年・古夜ふるやさんに気づいた十紀とき先生は、彼に声をかけた。
彼が頷いて答えたので――おそらく、鳴戸さん達は縛られて何処かに片付けられたんだろうな。
私は襲われそうになっただけだし、あの人達をあやめていないのなら…まぁ、大丈夫だよね。
――そう考えて、改めて扉を開ける事となった。

天宮あまみや様が十紀とき先生に鍵を手渡すと、それを受け取った十紀とき先生は開錠した…んだけど、すぐには開けずに天宮あまみや様に何かを頼んでいるようだった。
ひとつ頷いた天宮あまみや様は、手に巻かれた――八守やかみさんが止血の為に巻いてくれたものをとって、まだ血が滲んでいる手のひらを扉につける。
できたばかりの傷だから扉に触れて痛みを感じたのだろう、天宮あまみや様が耐えるように眉をひそめた。

しばらくして天宮あまみや様が扉から手を離すと、そこには血の跡がくっきりと残っていた。

「…これで、霧の方はしばらく邪魔だてできません」

例え、水城みずきさんの共鳴力を使ったとしても妨害できはしないだろう――ただし、誰かが結界を壊さない限りは…と付け加えて天宮あまみや様は言う。
天宮あまみや様の怪我をしている方の手をとった十紀とき先生は、もう一度止血する為に自分の持っていたハンカチをだして巻きはじめた。

「お前…随分、ざっくりと切ったものだな」
「まぁ、緊急事態だったもので……」

苦笑して答えた天宮あまみや様だけど、二度切っているものね…その手のひらの傷は。
傷跡が残らないといいけど…と心配していたら、あっという間に十紀とき先生は天宮あまみや様の手にハンカチを巻き終えて軽く叩いた。
その瞬間、天宮あまみや様は十紀とき先生の頭を叩き返したわけだけど――今のは、間違いなく十紀とき先生が悪いよね……

自分の頭をさすりながら少し笑みを浮かべた十紀とき先生は、鍵を開けた扉の取っ手に手をかけた。
ゆっくりと開かれた先は薄暗く、ただ医療機器の音だけが聞こえるだけだ。

「あの…?」
「……ここに、最も困った事をしでかしてくれた私達の従兄殿がいます」

私の疑問に答えてくれたのは、ため息をひとつついた天宮あまみや様で……十紀とき先生が扉を支えているから、そのまま病室に入っていく。
その後ろを神代かじろさんと古夜ふるやさんが続いて入ったので、私も2人の後について入った。
十紀とき先生は最後に入ると、扉を閉めて鍵をかける――多分、これであの扉が壊されない限り邪魔されないのかな。

……天宮あまみや様と一緒に、私の新しい部屋へ避難した時も鍵をしておけばよかったんだろうなと今になって気がついた。

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