7話:記憶の海風

医院へ戻る道筋は……外に出た時とは違う道で戻っているから、少し遠回りになる。
本当は来た道を戻った方が早いんだけど、そこに化身となった人が何人か彷徨っていて危険であると天宮あまみや様が言っていた。

お互いに無言のまま歩いていたんだけど、何かに気づいたらしい天宮あまみや様が突然歩みを止める。
私も足を止めて、周囲の様子をうかがっている天宮あまみや様に何があったのか訊ねた。
だけど、天宮あまみや様は何も答えず…自分の口元に人差し指をあてて、静かにするよう指示をだす。

一体どうしたのか…不安になっていると、真横の茂みから何かが近づいてくるような音が聞こえてきた。
それと同時にうめき声のようなものも――という事は、この茂みに潜んでいるのは霧の化身……?

「……絶対に音をたてず、静かにして動かないでください。大丈夫ですから……」

怯える私に、天宮あまみや様は安心させるように優しく囁きかける。
どういう事なのかわからなかったけど、すぐにその答えがわかった。

茂みから化身となった男の人が飛び出してきたんだけど、私達に襲い掛かる寸前で誰かに飛び蹴りで少し離れた場所まで飛ばされてしまう。
一体誰が飛び蹴りを…と確認したら、片膝を立てて着地をしている白灰色の髪をした人がそこにいたんだけど――よく見たら、その人は十紀とき先生だった。

「…大丈夫ですか?」

そう声をかけてくれたのは少し遅れて現れた神代かじろさんで、私と天宮あまみや様を迎えに来たのだという。
そういえば、古夜ふるやさんや穐寿あきひさ先生はどうしたのだろう……?

穐寿あきひさは先ほど話したとおり八守やかみのところへ……古夜ふるやなら医院の方で邪魔者達をしっかりしたもので縛っていると思います」

私の疑問に、神代かじろさんや十紀とき先生ではなく天宮あまみや様が答えてくれた。
天宮あまみや様の言葉に、神代かじろさんと十紀とき先生が頷いているからそれで合っているみたい。

邪魔者って、もしかしなくても医院を襲撃してきた鳴戸さん達の事…だよね?
何をしようとしているのかわからないけど、それを邪魔してきそうだから縛っているのかな。
……まぁ、この霧の中を帰れとさすがに言えないから仕方ないよね。

それよりも、十紀とき先生の飛び蹴りでふっ飛ばされた化身の男性は…まだ頭がくらくらしているのか、うずくまったまま動けないみたい。
しっかり頭と首辺りに当たっていたようだから、しばらくは回復しないんじゃないかな……?

つい、そちらへ視線を向けて化身の男性の様子をうかがっていると不意に腕を引かれて驚いた。
ふり返ると、そこにいたのは神代かじろさんで――どうやら、私の腕を引いたのは彼のようだ。
どうしたのか思わず首をかしげると、神代かじろさんは私を安心させるように微笑みながら口を開いた。

「今のうちに移動しましょう…おそらく、ここで僕達に会った事を知らせているはずなので」

あの化身の男性が、近くにいるだろう他の化身達に私達の事を知らせているのだという……
だから、それらが集まってくる前に移動しなければならないのだと教えてくれた。

「っ…いきなり動かないでください」

突然聞こえてきた天宮あまみや様の驚いたような声に、私達はそちらへ目を向ける。
――そこには、天宮あまみや様が十紀とき先生に抱え上げられている光景があった。
十紀とき先生の肩に担がれているような形で、天宮あまみや様が十紀とき先生の髪の毛を引っぱっている。

……あれ、天宮あまみや様は相手の考えている事とかがわかるんじゃなかったっけ?
思わずそう考えていると、十紀とき先生が苦笑しながら髪の毛を引っぱったままの天宮あまみや様に声をかける。

「お前はすぐ思考を読むから、逆手に取って何も考えず無心で動いただけだ……何年来の付き合いだと思っているんだ?」
「……さぁ?本当に貴方は今も昔も変わらず、突拍子ない事をしでかす――困った従兄殿だと思っていますよ」
「ふっ、そういうお前だって今も昔も変わらず困った従弟殿だがな……」

十紀とき先生の髪から手を離した天宮あまみや様は、笑っている十紀とき先生の頭を軽く叩いた。
そんなやり取りを見ていて、前に十紀とき先生が仲が良いのだと話していた事を思いだしたのだけど――今、それを眺めて和んでいる場合じゃないよね。
……多分、そばにいた神代かじろさんも同じ事を考えていたと思う。
呆れた様子で、十紀とき先生に声をかけた。

「…遊んでいる場合ではないんですがね。急いで行きましょう……」
「そうだな…天宮あまみやが面白い反応をするので、つい遊んでしまった」

頷いて答えた十紀とき先生だけど、やっぱり天宮あまみや様をからかって遊んでいたんだ……
さすがの天宮あまみや様も、不機嫌そうな表情を顕わにして怒っているみたい。
……多分だけど、十紀とき先生は八守やかみさんに後日怒られるんじゃないかな?

神代かじろさんが先導して医院へと戻ったんだけど、霧が濃くて集落千森内をよく知らない私は今何処にいるのかさえわからない。
私が迷子にならずにすんでいるのは、神代かじろさんが私の腕を引いてくれているから…そして、後ろに天宮あまみや様を抱きかかえた十紀とき先生がいたおかげだ。

そうそう――さっきはどうして天宮あまみや様を抱き上げたのかと不思議だったけど、急ぐ為に小走りで行くからなんだと気づいた。
さすがに、天宮あまみや様を無理させる訳にはいかないものね……


***

6/11ページ
いいね