7話:記憶の海風

私と天宮あまみや様が何もできず見守るしかない中、八守やかみさんと彼女の戦いは続いている。
八守やかみさんは武器を持っているのに、彼女はあの黒い靄だけで攻防できていて不思議な光景だ。

ほとんど動いていない彼女と違って、最小限だけど動き回っている八守やかみさんは少し息が上がりはじめていた。
――多分、私達と合流する前からの連戦で体力が回復しきっていないのかもしれない。

「…やはり、水城みずきは【迷いの想い出】本体に接触してしまったようですね」

ため息をついて呟いた天宮あまみや様に、どういう事かと首をかしげながら視線を向けた。

【迷いの想い出】――それが、この霧の正体?
……それが水城みずきさんや千代ゆきのさん達を殺したものなの?

それじゃあ、水城みずきさんの身体を使っている彼女がその【迷いの想い出】と呼ばれるものなのか……

説明を求める私の視線に気づいた天宮あまみや様だったけど、一瞬こちらに顔を向けただけで何も答えてはくれなかった。
今は説明できない事なのか…それとも、私に教えられない事なのかはわからない。

すぐに八守やかみさんの方へ顔を向けた天宮あまみや様が、囁くように彼の名前を呼んだ。
名を呼んだだけだったけど、おそらく何かを伝えたんだろうな。
……こういう時、〈神の血族古代種〉の感応力というものはすごく便利だなぁと思った。
――でも、一体何を伝えたんだろうかという疑問は残るんだけどね。

天宮あまみや様の呼びかけに頷いて返した八守やかみさんは、わざとらしく動きを鈍らせた。
それに彼女は気づいているのか、気づいていないのか……口元に歪な笑みを浮かべ、八守やかみさんの身体を貫こうと右腕を掲げて尖らせた黒い靄を飛ばす。

「…危ないっ!!」

その光景に、私は思わず叫んでしまった。
だけど、驚いているのは私だけで…隣にいる天宮あまみや様や、危険な状況の八守やかみさんは慌てた様子もなく落ち着いている。
……何か策があるのかしら?

自身に迫った黒い靄をひらりと躱した八守やかみさんは、一瞬で肉迫すると掲げられている彼女の右腕を二の腕辺りから斬り落としてしまう。
その瞬間、私は思わず目を閉じてしまったけど……彼女の悲鳴と雑言が聞こえてきた。
――声は水城みずきさんのものなのに、水城みずきさんが決して言わなさそうな言葉ばかりだった。

せめて、何処かに残っているだろう本物の水城みずきさんが痛みを感じていないといい…そう願わずにはいられなかった。

目を閉じてしまった私は見ていなかったのだけど――その時に八守やかみさんは彼女から鍵を奪い取り、それを天宮あまみや様に投げ渡したみたい。
受け取った天宮あまみや様は怯えている私の袖を引いて、この場所から移動しようと促してきた。
混乱した思考の中、八守やかみさんに逃げる事を伝えなければ…と考えていた私に、天宮あまみや様は囁くように言う。

八守やかみなら大丈夫ですよ、すぐにここへ応援が来ますから――」

戦える誰かがこちらに向かっていて、すぐに合流できるのだと教えられた。
……その時に私達がいたら邪魔になってしまうので、早々にこの場を移動した方がいいそうだ。
八守やかみさんがわざと彼女の気を引く行動をとっている間に腕を引かれるまま、私は天宮あまみや様と共に医院へ戻る。

恐る恐る背後に目を向けた私は、彼女――ううん、身体を奪われた水城みずきさんが苦しみながら内側から戦っているようにも見えた。
そして、何もできず逃げる事しかできない自分に腹が立ったと同時に申し訳なさも感じる。

――助けられなくてごめんなさい、水城みずきさん。




天宮あまみや様に腕を引かれて足早に移動している途中で何処からか、うめき声に似たような声が聞こえてきた。
……何人か近くにいるようだけど、天宮あまみや様があまり近づかないよう避けているおかげなのか奇跡的に出会わずにすんでいる。
でも、おそらく彼らはゆっくりだけど移動しているだろうから一ヶ所に長く留まらない方がいいのだと、移動しながら天宮あまみや様は教えてくれた。

この集落の人達も理解しているから、各御家庭に〈神の血族古代種〉の血を溶かした水を御守りとして置いているんだとか……
で、こういう事態に陥った際は外と出入りできそうな扉や窓に吹き付けて戸締りをしておくといいらしい。
――なんか、虫除けみたいなイメージだな…と少しだけ思ってしまった。


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