6話:狂気の石碑

「どうして…どうして、こんな事になったの?」

少女は目の前に立っている同じ年頃の、黒髪の少女を見て呟いた。

今から少し前、医院に現れたモノ――その身体には禍々しい刺青があって、まるで人形のような表情をしている。
それを見た神代かじろ十紀とき先生達は、アレ・・はもう知っている彼女・・ではない…だから逃げるよう、少女に伝えていた。

最初は言われたとおり逃げようと考えた少女だったが、禍々しく変わってしまった友人・・の行動が気になり様子をこっそりとうかがってみたのだ。
そして、彼女・・が『霧』の毒にやられた友人である黒髪の少女に触れ…彼女・・と同じ存在に変えてしまうところを目撃してしまった。

それがどういった状態なのか、わからなかったが……禍々しい彼女・・達を見た穐寿あきひさ先生の「まさか、『霧』の化身に」という呟きを聞いてしまう。
先生達の言う『化身』が、一体何なのかはわからない…でも、それがとても危険なのはすぐにわかった。

どうして、こんな事になったのか…考えてみればすぐにわかる。
今朝起こった――『霧』の声に導かれた、あの一件だ。

自分も一歩間違えれば、彼女達のような禍々しい存在になっていただろう。
あの時、正気に返ってすぐに友人の手を握っていれば――
はぐれてすぐ、友人探しを人任せにしなければ彼女・・はこんな事に巻き込まれずに済んだのだろう。

あぁ、そうじゃない…友人の他にも、あの『霧』の声に惑わされた人達はいたんだ。
だったら正気に返った時に、皆に声をかければよかったのかもしれない……
そうしたら…少なくとも、この集落を危険にさらさなくて済んだかもしれないのだから。

「…千代ゆきの、ごめんね。あの時、助けてあげられなくてごめんなさい」

友人である黒髪の少女の名前を呼んで、少女は静かに涙を流す。
その彼女の隣にやって来たのは青緑色の髪をした、軍人の青年で――彼は、診察室で会った時に着ていた水色のコートを脱いでいた。

彼は刀を手に持ち、嗚咽する少女に声をかける。

「彼女への最期の言葉…もういいか?」
「はい、ありがとうございます…でも、ひとつだけ――」

青年の方に視線を向けず、少女は掠れるような声で言葉を続けた。

「邪魔にならないようにしますから、最期を…見送らせてください」
「……」

青年は鞘を水平にしながら抜刀すると、黒髪の少女・千代ゆきのとの間合いをつめてから彼女の首を刎ねる。
しかし、すんでのところで躱すと少し距離をとった千代ゆきのは頭を抱えて天を仰いで言葉にならない叫び声をあげた。

「あ゛あ゛あ゛ぁー!!」

その叫びに呼応したかのように、何処からともなく『霧』が発生しはじめる。
内心舌打ちした青年は千代ゆきのの様子を警戒したまま、涙をぬぐっている少女の傍に移動した。

(化身として生まれ変わったばかりだというのに、力の使い方が上手過ぎる…天宮あまみや様が切り離したというのに――)

その昔、対峙した『霧』の化身と特質が変わっている点も気になった青年は化身となった千代ゆきのを観察する。
『想い』と一緒に情報などを常に集めているとはいえ、その特質が変わらない事を製作者である研究者達はもちろん自分達も調査したのだ。

化身が仲間ともいえる化身と協力したり、ましてや助けるような真似はもちろん…化身のなりそこないに力をわけ与えたりしない。
――だが、医院を襲撃してきた化身は『霧』から切り離されたなりそこないを助けにきた。
切り離された化身を、再び『霧』と繋げて完全な化身に戻すという行動をとるとは思わなかったわけだが……

いつの間にか叫ぶのをやめた千代ゆきのは、青年と少女の方へ視線を向けると口元に歪な笑みを浮かべた。
その瞬間、千代ゆきのの足元から黒いひも状の靄のようなものが現れると……その何本かが青年と少女へ向かう。

突然の事態に怯える少女を守るよう一歩前に出た青年が、躊躇う事なくそれを斬り落とした。
しかし、当の千代ゆきのは斬り落とされても気にせずひも状の靄のようなものを伸ばす。

向かって来るそれらを斬り落としながら、青年は思案する――

(…なんだ、あれは?何処から、その力を手に入れてきたんだ)

大昔の一件で【機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ】の影響を受け、一時的に『霧』が狂暴化した事はあった。
その時でさえ、このような能力ちからは持ってなかったはずだ――どちらかといえば、相互作用した動きをしていたはずだが。

(という事は、だ…あの力は『調整』以降に?)

斬り落とされたひも状の靄のようなもののひとつを踏みつぶした青年は、腰を抜かしている少女の腕を掴む。
そして、近くにある小屋を視線で指し示して囁いた。

「…このまま、お前がここにいるのは得策ではない。我々が良いと言うまで、あそこに隠れていろ」
「っ、でも…はい」

有無を言わさない青年の雰囲気に、少女は頷くと這う這うの体で小屋に向かうと中に入る。
ここからではわからないが、おそらくきちんと入口を堅く閉じているだろう……

少女が自分の安全確保したのを、目視で確認した青年は小さく息をついた。

「まったく…我々と咎人の血筋の者とでは相性悪すぎるか。それよりも――」

おかしな能力ちからを持った、どう対応すればいいのか不明な化身……
それが何体も、この集落にいるというのは人間ひとの力だけでは難しい対応できないだろう。
だとしたら、今集落この地にいる自分を含めた6人の〈古代種〉で対処しなければならない。
……だが、戦うすべを持っているのは【従】である守り人だけ――反対に【主】は護りのすべに特化しているのだ。

そして、〈古代種こちら〉から見れば『霧』は人質をとっている……しかも、よりにもよって【主】の力を持つ者を。

(もし、今回の件で私の主である天宮あまみや様の身に何かあれば……あいつら、主従まとめて締め上げてやるっ!!)

怒りで腹をたてている青年は、心の中でこの場にいない人物達に向けて文句をつけた。
何かあれば、と言っているが実際に天宮あまみやは吐血しているので…おそらく、彼の言う人物達への制裁は決まったようなものだろうが。

なんとか怒りを鎮めて落ち着きを取り戻した彼はゆっくり刀を構えると、化身の少女・千代ゆきのはひも状の黒い靄を伸ばした。


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