1話:喪失の欠片

「……っ、ん…」

目を覚ますと、最初と同じ真っ白な天井と――心配そうに私を見ている水城みずきさんと、懐中時計に目を向けている十紀とき先生の姿があった。

「大丈夫?真那まなちゃん…」
「…もう大丈夫そうだな」

水城みずきさんと十紀とき先生は、私が目を覚ました事に安心していた。
また迷惑をかけてしまった事が申し訳なくて、横になったまま頭を下げる。

「……すみません」
真那まなちゃんは悪くないんだから、謝らなくていいんだよ」

水城みずきさんは優しくいってくれたけど、私はなんだか申し訳なささを感じていた。

「…気にしなくて大丈夫だ」

十紀とき先生は懐中時計を白衣のポケットにしまうと、水城みずきさんの肩をたたく。

「今夜は、もう遅い……泊まっていけ」
「ぁ、はい…そうします。真那まなちゃん、今夜は一緒に寝ようね」

水城みずきさんは、嬉しそうに微笑んでいる。
私も嬉しかったけど、私のせいで水城みずきさんが帰れなくなったのだと思うと…――

真那まなちゃん、気にしなくて大丈夫だからね!元々、今日はお泊りするつもりだったし……ぁ、十紀とき先生。あのパジャマ、貸してくださいね!」
「…あぁ、わかったわかった。後で診察室に置いておくぞ」

水城みずきさんの頼みに頷いて答えた十紀とき先生は、扉を開ける。

「あぁ…そうだ、真那加まなかさん。ここも・・・夜は危ないので、医院の外へは出ないように……水城みずき、私は少し出かけてくる。後は任せた」

それだけを言うと、十紀とき先生は部屋を出ていった。
十紀とき先生を見送った後、水城みずきさんは「残っている仕事を済ませて、着替えをしてくるね」と言って部屋を出た。

――…十紀とき先生は、何であんな事を言っていたんだろう?
患者さんに夜の外出を禁止するのはわかるけど、『ここも・・・夜は危険だから』って…どういう意味なんだろう?

何気なく部屋のカーテンを開けて、窓から見える夜空を眺めた。
そこには、きれいな星空が広がっていて…――

「…きれいだな~」

気がつくと、私は思わずひとり言を呟いていた。
なんとなく下に視線を向けると、そこに誰かいるのか――人影が見えた。

あれ…?あの人影は……十紀とき先生と昼間会った神代かじろさん?
そういえば、2人は従兄弟同士だって水城みずきさんが言っていたっけ。

私の視線に気づいたらしい2人はこちらを見上げ、神代かじろさんが私に微笑みながら手を振っている。
そして、呆れた様子の十紀とき先生が神代かじろさんの袖を引っぱって…2人は、そのまま行ってしまった。

――あそこで2人は、一体何をしていたのだろう…?

私がそんな事を考えていると、残っていた仕事を終わらせた水城みずきさんが十紀とき先生の用意したパジャマを着て戻ってきた。
黄緑色の…ポケットにかわいいクマのアップリケがついている、ツーピースのパジャマだった。

「エヘヘ…かわいいでしょう?」

水城みずきさんは、嬉しそうにひと回りする。
十紀とき先生…意外にかわいいパジャマを持っているんだな~

「うん、すごくかわいいね」
「でしょ?」

水城みずきさんは私の隣に来ると、一緒に窓の外に目を向けた。

「…何か、いた?」
「ううん。ただ、星空がきれいだな~って……そういえば、十紀とき先生と神代かじろさんが外にいました」
十紀とき先生と神代かじろ様が……?ぁ、出かけたんだね。今夜は確か、里長の屋敷で話し合いなんだって」

水城みずきさんは、クローゼットから予備の折り畳まれたベッドを出している。
そんなところに、簡易ベットがしまわれているんだね……知らなかった。

「……話し合い?何かあったの?」

簡易ベッドを私のベッドの隣に設置し終えた水城みずきさんに訊ねると、彼女は手際よく布団を用意しながら答えてくれた。

「ん~、私もよく知らないんだけど…多分、今年のお祭りについてじゃないかな?」
「お祭り……」
「うん、もうじきあるし…そうだ、真那まなちゃん!お祭りは、一緒に見て回ろうね!」

水城みずきさんが楽しそうに言うと、部屋の電気を消した。

「ぁ、もしかして…もう消灯時間だった?」
「ううん、まだだけど…こうした方が、夜空はきれいに見えるでしょう?」

水城みずきさんの言うとおり、きれいな満月と星々が闇夜の空に広がっていた。

「うん。すごくきれい…」

私は…なんだか吸い込まれそうな夜空に魅入ってしまった。
水城みずきさんも一緒に、楽しそうにその景色を眺めていたんだけど……

「ぁ…真那まなちゃん、もうそろそろ寝ようか!」

慌てた様子の水城みずきさんは、言うが早いかカーテンを閉めてしまった。

――せっかくのきれいな夜空なのに、カーテンを閉めてしまうのは少しもったいないな。

この時の私は、夜空を眺めながら眠れないのが残念で仕方がなかった。
隣にいる水城みずきさんが少し青ざめている事には、まったく気づけなかったのだから……

小さく息をついた水城みずきさんは、自分の布団にコロンと横になった。
そして、私の方を微笑みながら見ると話はじめる。

「……私ね~、実は好きな人がいるんだ」
「えっ、もしかして十紀とき先生とか?」

私も自分の布団に横になると、水城みずきさんに訊ねた。
一緒の職場にいるんだし、好きになってもおかしくないと思うから……

「違ーう。十紀とき先生は尊敬してるし、好きだけど……違う人だよ」
「どんな人?」
「エヘヘ…とても寡黙で、かっこいいんだよ~。現在、片思い中…あんまり、姿を見掛けないんだよね。残念な事に……」

水城みずきさんは、ほっぺたを膨らませると言う。
そんな様子がなんだか面白くて、私は思わず笑ってしまった。

「むぅ~、真那まなちゃん」
「ごめん…でも、私は応援しているよ」
「ふふふ…ありがとう!片思いから両思いになれるよう頑張ろうっと…真那まなちゃんも、誰か良い人がいたら教えてね」
「うん。ありがとう、水城みずきさん」

私も誰か思っていた人がいただろうに、それが誰だったのか…今はわからない。
無理をして思い出そうとしても、頭痛がするだけだった。

「…真那まなちゃん、まだ無理しちゃだめだよ。ゆっくりでいいんだから、ね?」
「う、うん……」

優しい水城みずきさんの言葉に、私は頷いて答えたけど…一度気になると、どうしても考えてしまう。
水城みずきさんも私の気持ちに気づいたのか、気持ちが落ち着くまでゆっくりと待ってくれた。

――それから、私達は眠りにつくまで他愛ない話をした。

外は静かで、虫の鳴き声が聞こえている。
とても小さくて、優しい音色に……私達は今日の疲れを癒す為の眠りに、いつの間にかついていた。

だけど、この時……私は気がつかなかった。
少しずつ迫り来る死の霧に――


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