5話:実りの羽根

何事もなく、私の新しい病室にたどり着いたので天宮あまみや様にそれを伝えた。
ゆっくり息をついた天宮あまみや様が、探るような動きで周囲をうかがっている…そして、何か納得したような様子で頷いている。

「あー…なるほど、八守やかみ達が言っていた私の放り込み先はここでしたか」

思わず訊き返すと、天宮あまみや様が笑顔で教えてくれた――ただ、その笑顔が何か怖いのだけど。


放り込み先…というのが、私の病室この部屋だとわかった理由わけ――それは、室内に結界が施されているからだという。
神代かじろさんや十紀とき先生、古夜ふるやさんと穐寿あきひさ先生…それと、八守やかみさんの5人が自身の血を使って即席の結界をはったそうだ。

これで『霧』が向けてくる悪意や狂気から身を護れるそうだけど、即席であるが故に長時間は防げないのが難点らしい。

それと、天宮あまみや様の笑顔が怖いのは――八守やかみさん達がきちんと説明していなかったのもあるんだろうけど、「放り込む」を連呼していた事にあるのだと話を聞いていて思った。


「そうなんですか…それをおこなえるという事は、もしかして十紀とき先生や神代かじろさん達も天宮あまみや様と同じ王家の方ですか?」

私は天宮あまみや様をベッドに誘導しながら訊ねると、ベッドに腰かけた天宮あまみや様がゆっくりと首を縦にふる。

十紀とき神代かじろの兄弟と、私の間柄は従兄弟となります…だから、王族だというのはある意味・・・・正解です」

あれ…十紀とき先生と神代かじろさんは従兄弟だって、水城みずきさんが言っていたような――
それに『ある意味』とは、一体どういう意味なのだろう?

天宮あまみや様は何処か言葉を選んでいるというか、濁しているというか……本当の事を話しにくいといった感じなのかな?
もしかすると、私がすでに知っている事なのかもしれない。

こう、喉に何か引っかかっているような…そんな感じでもどかしい。

「あまり焦らない方がいいですよ…貴女自身が思い出そうとしても、何処かの誰かさんが何か隠そうと力を使っているようですから」

そう言って、天宮あまみや様が私の額に手をあてた。
当てられている辺りが少し温かく感じたのだけど、一体何かしら?

私が首をかしげると、天宮あまみや様は小さく笑みを浮かべて何でもないというように首を横にふった。
うーん、よくわからないけど…何でもないのなら、大丈夫かな?

気を取り直して、一番重要な事――一体、下で何があったのか訊ねてみた。

「と、ところで…一体何があって、天宮あまみや様は検査室あそこにいたのですか?」

あんなに荒らされていたのだから、只事ではないはず……
危ないから、八守やかみさんは天宮あまみや様の安全を確保する為に検査室に押し込んだんだろうと思う。
…ただ、説明する時間が足りなかった為に天宮あまみや様はあの部屋で待っている事しかできなかったんだろうな。

そう考えていると、深くため息をついた天宮あまみや様が話しはじめた。

「私と八守やかみは待合室で休息していたのですが…どうやら、その間に診察室の窓から入ってきたらしいのです」


この病室を飛びだした理哉りやさんは、診察室に運び込まれた女の子に会ったのだそう……

――最期のお別れの為に。

その女の子は『霧』の狂気という名の毒に身体を蝕まれていて、天宮あまみや様の力でそれを取り除いても彼女の意識――つまり、心が死んでいる状態だったらしい。
ただの、『霧』が活動する為の器となっているのだと天宮あまみや様が説明するように付け加えた。

立ち合いとして神代かじろさんと古夜ふるやさんがいたそうだけど、一時的に力を強めた『霧』に対抗しきれなかったみたい。


「…神代かじろの、今の身体はこの一年の無理が祟って弱っていましたからね。押し返せなかった、というわけです……ごほっ」

そこまで話した天宮あまみや様は口元に手を当てて咳をした…んだけど、その手は赤く染まっていた。
……そういえば、検査室でも咳をしていて血が――どこか身体を悪くしているんじゃ……

「大丈夫です…『霧』さえ鎮めれば、私や神代かじろの体調は良くなりますから――」

あの『霧』は、自分達・・・には遅効性のある猛毒に等しいものなのだと天宮あまみや様が言葉を続けた。
ちなみに――【従者】である古夜ふるやさんや穐寿あきひさ先生、八守やかみさんは…【主】である神代かじろさんや十紀とき先生、天宮あまみや様がダメージを肩代わりしているので大丈夫なのだそうだ。

私がタオルで天宮あまみや様の手や口元を拭ってあげると、彼は礼を述べた後に続きを語りだす。


『霧』によって弱らされた神代かじろさんに気を取られた古夜ふるやさんの隙をついて、窓から『霧』の化身となった者が入ってきたそうだ。
そして、その化身が理哉りやさんの友達である女の子に触れると…彼女も化身となって目覚めたのだという――


「待合室の方にも来たので、それを十紀とき穐寿あきひさが抑えている間に…私は八守やかみに、あの部屋に押し込まれたわけです」

医院内に十紀とき先生達が、今いないのはおそらく2人の化身を追っているからだと付け加えるように言った天宮あまみや様は小さく息をついた。

…化身って、一体誰だったのだろう?
――その疑問を訊ねると、天宮あまみや様は呟くようにその正体を口にする……


それは、信じたくない…ううん、受け入れがたい現実を突きつけられたようなものだった。

私は頭の中が真っ白になってしまって、少しの間…何も考えられなくなる程の衝撃があって――


まるで、あの日の出来事のような……悪夢の夜が幕を開けようとしていた。


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