5話:実りの羽根

移動前の、真那加まなかが使っていた病室に残った十紀ときは深くため息をついた。

天宮あいつが言っていたのは、こういう事だったか…)

十紀ときが大きく手をたたくと、彼の立つ場所を起点に淡い光が室内を走る……
そこに現れたのは扉に書かれていたあの赤い文字と、ぼんやりとした表情の老若男女の姿だった。
何人かの口が小さく動き、声にならない救いの言葉を紡ぎだしている。

――タスケテ、タスケテ…ココハ、シロクテ、クルシクテ、ジユウガキカナイ…イキテイケナイ。

(救いを求めているのは、おそらく今朝不明となった者達だろうな…残りは、時が経ち過ぎているせいで自我はもうないだろう)

…あの日、全てが狂い――破壊されたものの『想い』が、こうして形となったのだろう。

(まさか【機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ】の影響が、こうもあの霧に作用していたとは…これは、人の身で贖うには無理があるのだろうな)

人はその身で贖う事のできない罪を造りだし、世界は南半球にあった2大陸すべてを飲み込んだ。
機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ】を生みだし使用した人間達や、それを阻止しようとした者達――生命ある全ての者と共に……

天宮あまみやが〈咎人〉を赦せない気持ちもわかる…だからといって、このままにしておくわけにはいかない)

――このままにしていれば、自分達はきっと新たな痛みを背負う事となるだろう。

一年前…ギリギリのところで桜矢おうやが迷いを見せた事で、ある意味『霧』を止めるチャンスに繋がったようなものだ。
しかし、代償としてあの集落に住まう〈咎人〉の子孫達を失ってしまったわけだが……

九條くじょうの事だ…制御コードを先に打ち込んでいるだろうから、それを利用すれば少なくとも現状の暴走状態を止められる可能性はある)

『要』となっている者を安定させられれば…になるが、と十紀ときは考える。

その昔、九條くじょう達は制御に失敗している――それは『要』として仮想人格を打ち込んだが拒絶されたからだ、と九條くじょう本人が言っていた。
今、『要』となっているのは『霧』に取り込まれた〈咎人〉の子孫たる人間だ…ならば、それを利用すれば制御できるかもしれない。

(まぁ、失敗すれば…千森ちもりに住む残りの〈咎人〉の子孫達を取り込んで、新たな力を持ってしまう可能性も残るが――)

そうなりそうな時は最後の手段として、九條くじょう達がとった方法で『霧』を強制休止に追い込む事はできるだろう…と考えをまとめた十紀ときは、白衣のポケットから折り畳みナイフを取りだした。
ナイフの刃を左手で握り込むと、指の隙間から血が滴るように床の上に落ちる。
十紀ときの血が床に落ちると同時に現れていた『霧』の痕跡は、雪のように溶けて消え去っていった。

全て浄化し終えたかを確認した十紀ときはナイフの刃についた血を白衣の袖で拭い、刃を折り畳みポケットにしまう。
そして、病室から出て扉を閉めると血のにじむ手のひらで扉に触れて血痕をつけた。
血痕は淡く光った後、ゆっくりと薄らいでいき…やがて消えていったのを確認した十紀ときが扉に鍵をかける。

手のひらの傷と流れでる血を眺めていた十紀ときに、真那加まなかを他の病室に案内し終え戻ってきた穐寿あきひさが声をかけた。

「彼女は用意していた、結界を施した部屋に案内しました。それと、先ほどは伝えられませんでしたが――今朝見つかったあの娘…もはや、生ける人形のようなものだそうです」

『霧』からの切り離しは、天宮あまみや様がなんとかできたようですが…と、穐寿あきひさが言葉を付け加える。
それを聞いた十紀ときは白衣の別のポケットから出したハンカチで、左手を止血しながら訊ねた。

「そうか…なら、神代かじろとも相談しないといけないな。そうだ、天宮あまみやは…大丈夫だったか?」
「そうですね…吐血されましたが、天宮あまみや様的には許容範囲だと笑っておられました――」

ただ、その瞬間に八守やかみ古夜ふるやに怒られておられましたが…と、穐寿あきひさが苦笑すると答える。

「――まったく、あいつは…それより神代かじろ達と合流して、もう一度結界をはった部屋を用意しないといけないか」

そして、そこに天宮あまみやを放り込んでおかないとな…と、十紀ときは呆れたようにため息をついた。

真那加まなかを案内した新しい部屋――あの部屋は、元々『霧』と千代ゆきのを切り離す術を行使した天宮あまみやの為に用意していた部屋だったのだ。

何度も『霧』に意識を繋いだ事で、天宮あまみやの体力が弱ってしまっている……
そこを衝いて『霧』が天宮あまみやを取り込むなどされたら、今いる自分達だけでは抵抗するすべがほとんどなくなってしまうだろう。

ただでさえ、桜矢おうやを取込んだ力を操っているような状況なのだから――

なので、結界のはってある部屋で天宮あまみやを少しでも休ませるつもりだったわけである。

天宮あまみやを放り込んだら、神代かじろと話し合う――その間に、八守やかみ古夜ふるやと準備しておいてくれ」
「わかりました…仕方ないとはいえ、やるせないですね」

十紀ときの言葉に、俯いて穐寿あきひさは答えた。
そして、誰に言うでもなく囁きかける……

――例えそれがあの少女の為だとしても、残酷な運命だ…と。


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