4話:禁断の墓標

自分の病室に戻る途中の廊下で、ふと窓の外を見ようと立ち止まる。
窓の外には、いつも通りの集落の日常――とは、少しだけ違った。

いつもなら畑仕事をしているであろう人達は、何やら井戸端会議をしている様子。
話をしながら、ちらちらと森の方を見たり…指差していたりしていた。
――森に入った人達の事を気にしているんだろうな。

神代かじろさんと古夜ふるやさんの2人が探しているとはいえ、行方が分からなくなった人達の事が心配なんだろう…
誰だって、知り合いが行方不明になると心配で何も手につかなくなるものね。

…私も心配だもの。

(ぇ、あれ…?私は、何を心配しているんだろう?)

自分が一体何を心配しているのかわからず、思わず自問自答をしてしまった。
一瞬だけ、夢で出会った青年の顔が頭をよぎったけど…もしかして、彼の事?

…もう前のような頭痛は、あまり襲ってこなかった。
だけど、こう…喉まで出かけている感じがして、何だかもどかしくなってくる。

(だめ…思い出せそうで、何も出てこない――)

ため息をついて、窓ガラスに映る自分の姿に目をやった。
思い出せないという事は、本当に困ったものね…

もう一度、窓の外へ視線を向けると物陰に座る小さな影を見つけた。
あれは…朝食後に会った、理哉りやさん?
何だか、とても落ち込んでいるというか…思いつめているというか…そんな雰囲気。

十紀とき先生達は、外に出るな…と言っていたけど、理哉りやさんの様子も気になるし――)

少し悩んだけど、理哉りやさんの様子が心配で仕方がなかった。
…お姉さんを失った上に、友達が行方不明になってしまって――多分、ふさぎ込んでしまっているのだと思う。

彼女の表情を見ていたら、何だか少しでも力になってあげたくなった。
もちろん、彼女が私を殺したいほど憎んでいるのはわかっている…例え、それが誤解であったとしても。
――それでも、何だか放っておく事はできなかった。

(少しだけ…彼女をここに連れて来れば大丈夫だよね?)

気配を消しつつ、そっと医院の出入り口から外へ出る。
診察室にいる十紀とき先生達に気づかれないように、そっと……

そして、物陰に座る理哉りやさんの傍に近寄って声をかけた。

「あの…何があったのか、十紀とき先生達から大体の話は聞きました。その、良ければあなたのお話を聞かせてくれませんか…?」

医院の方を指しながら声をかけると、彼女は今にも泣きそうな表情を私に向けて答える。

「っ…聞いたのなら、あんたは私に声なんかかけられないでしょう?それに私は、あんたを――」
「その件についても一緒に話がしたいんです…今はまだ何もわからない状態だけど、何があったのか知りたいし。そこに誤解があるのなら、解きたいんです」

あまり大きな声を出したら、医院の方にまで響いてしまうかもしれないから…少し押し殺した感じで、私は叫んだ。
私の思いが届いたのかどうかはわからないけど、俯いた理哉りやさんは私と一緒に医院に来てくれた。

彼女は、この前会った時と同じポシェットを肩から下げていたけど…今日は何も入っていないのか、両手でそれを握り締めている様子だった。

私の視線に気づいたのか、理哉りやさんは小声で呟く。

「…安心しなさい、今日は何も持っ入れてきてないから。これは、姉様が最後にくれた誕生日プレゼントなのよ」

かわいらしいポシェットは彼女の15才の誕生日に、彼女の姉である実哉みやさんが作ってくれたものなのだという――そんな話を、医院に入る間際にポツリと話してくれた。


***


音をたてないように、私は自分の病室へ理哉りやさんを案内した。
部屋にある椅子には理哉りやさんに座ってもらい、私は壁とチェスト台の隙間に置いてあるパイプ椅子に座る。

…さて、何から話すべきかしら?

私も理哉りやさんも、何から話せばいいのか…わからなくて、気がつくとお互いの様子をうかがってしまっていた。

(あ、そういえば…お互い、きちんと名乗り合っていないよね。名前だって、人づてに聞いただけだし…)

それを理哉りやさんに提案してみると、彼女もそこからでもいいと言ってくれたので自己紹介からする事に――

私が改めて名乗ると、理哉りやさんは俯いたまま自己紹介をしてくれた。

彼女の話を要約すると――ご両親は幼い頃に事故で亡くなっていて、祖父である里長とお姉さんと暮らしていたのだそう。
希琉きるさんは里長の養女で、元々は遠縁にあたる人だったけど…ご両親が亡くなった翌年に、里長が養子縁組をしたらしい。

一年前、お祭りの巫女役にお姉さんが選ばれた事で…この国の第一王子との縁談が、里長によって一方的に決められたのだそうだ。
…ちなみに、天宮あまみや様はその件で集落に来たんじゃないかと理哉りやさんは言っていた。
お姉さんの代わりに、理哉りやさんと…という風に、縁談を進める為に――

話を戻して…そのお祭りで、本来なら発生しないはずの霧が発生してしまった。
その狂気に触れてしまった人が、集落やお祭りを見に来ていた人々を無差別に襲いはじめたらしい。

お姉さんとはパニックになった人々の流れではぐれてしまい、見つけた時には…もう――

そこまで語った理哉りやさんは、眉にしわを寄せて私を睨むように見た。

「その騒ぎの中、あんたが森の向こうから来たのよ!他の2人・・・・は、神代かじろ様や十紀とき先生達の親戚だって聞いたけど…」
「ぇ…そんな――」

私がここに来た日に、そんな事件が…?
それに、私の他に2人いたという話も知らない。

だって、あの日は――

微かに痛む頭の中で私が考え込んでいると、不意に理哉りやさんが先ほどまでの勢いを無くして口を開いた。

「…姉様が教えてくれたの、夢の中でそう言っていたのよ」

理哉りやさんの声で我に返った私は、言葉を続ける彼女の苦しそうな表情を見ている事しかできなかった。

彼女のお姉さんが亡くなった翌日から、理哉りやさんの夢に出てくるのだそうだ。
自分を殺したのは真那加である、と――

はじめは信じる事ができなかったのだそうだけど、毎日そう訴えかけてくる姉と…あの日の出来事を繰り返し見続けている内に、だんだんと真実なような気がしていたみたい。
それで、私を襲いに来たけど…水城みずきさんにお姉さんがそれを望んでいない事を言われ、真実がどちらかわからなくなったのだという。

水城みずきの言う通りかも…って、家に帰って考えている自分がいたの。誰にでも優しく、明るくて…将来は修道女シスターになりたいと言ていた姉様が、そんな事を望むはずないって」

そこまで言うと、彼女は目に涙を溜めて泣くのを堪えていた。
だけど、その夜…お姉さんが血だらけの姿で現れ、こう言ったのだという。

――理哉りや…どうして仇をとってくれなかったの?もしかして、私の言う事が信じられなかったの…?

何も答えられずにいると、お姉さんは言葉を続ける…そう、「真実を知りたいのなら森に来てほしい」と。

「…目が覚めたら、見に行ってみようと思った。そうしたら、身体が勝手に動いていた…姉様に呼ばれるままに」
理哉りやさんも、今朝の事件に…」

私は驚いた…理哉りやさんも、森に向かった人達のひとりだったなんて知らなかった。
それが表情にでていたのだろうか…理哉りやさんは、俯いたまま小さく答えた。

「…水城みずきが助けてくれたの。だけど、友達が行ってしまって…それを水城みずきが追って、まだ帰ってこないのよ」
「えっ!?」

理哉りやさんの言葉に、驚きのあまり私は窓の外に視線を向ける。
まさか、水城みずきさんまで行方がわからなくなっていたなんて…――


***

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