3話:聖女の破片

「………」

集落内を杖で周囲を確認しながら歩く白い青年に、集落で暮らす人々は頭を下げたり…手を合わせたりしていた。
だが、青年は真っ直ぐ前を向いたまま……そうした人々の様子に、まったく気づいていないようだった。

不意に、何処からか声が聞こえてきた――その声は集落の人々には聞こえていないのか、誰も気にしている様子はない。

青年は立ち止まると、少し上を向いた。

(…何か用ですか?)

心の中で語りかけた青年に、はじめ答えは返ってこなかった。
ため息をついた青年がもう一度語りかけると、微かな答えが返ってくる。

『――まさか、貴方が直々にやって来るとは……』

(不甲斐ない何処かの誰かさんの尻拭いに、と……そもそも、貴方が《司祭の掟》を破るからこのような事態になったんです。しばらくは、そうして反省していなさい)

『――僕は、どうなっても良い。だから……』

(貴方が迷い、選択を誤ったせいで…神代かじろ十紀ときに、必要以上の負担をかけている事に気づきなさい。その上、仕方ないとはいえ『あの集落』すべてを贄にするとは……)

『――そ、それは……』



「あの…天宮あまみや様、どうかされましたか?」

立ち止まったままの青年・天宮あまみやに、まだ歳若い女性が心配げに声をかけてきた。
その瞬間、天宮あまみやに語りかけていた声は聞こえなくなり…そして、気配も消えてしまった。

天宮あまみやは再びため息をつくと、声をかけた女性に微笑みながら答える。

「いえ…大丈夫ですよ。久しぶりの千森ちもりになるので、道がわからなくなりましてね――申し訳ないのですが、案内を頼めますか?」
「ぁ、はい!私でよければ、喜んで…」

緊張した面持ちで、女性は頷いて返事をした。
お礼を言った天宮あまみやは、女性の肩を借りて里長の屋敷へ向かう。

ちらりと近くの木の上の方に顔を向けて、ゆっくり首を横にふり…何かを確認した後、真っ直ぐ前を向いた。


里長の屋敷へ向かう道中、とある少女達とすれ違う。
その中のひとりの少女に気づいた天宮あまみやは、口元に小さく笑みを浮かべた。

案内をしている女性が不思議そうに首をかしげて立ち止まり、天宮あまみやの様子をうかがう。
その視線に気づいた天宮あまみやは、彼女ににっこりと微笑んだ。
――何でもないですよ、と言うように……

納得した女性は天宮あまみやと共に里長の屋敷へ向かって、再び歩きはじめた。


***


水城みずきさんときれいな景色を楽しんだ後、私は水城みずきさんと一緒に戻ってきた。
そういえば、水城みずきさんは医院へ行く途中だったんじゃ…と、慌てて訊ねると水城みずきさんが笑いながら言った。

「あはは、大丈夫大丈夫」

――もし、何か言われたら私が説明しよう。
私は、心の中で決意した。

その時…集落の女の人に案内されている真っ白な髪の毛に、透けるように白い肌をした青年とすれ違った。
水城みずきさんが頭を下げて見送っていたので、私も慌てて頭を下げる。

よく見ると、彼の瞼が閉ざされたままなのに気づいた。
…もしかして、目が見えないのかしら?

一瞬、すれ違った青年がこちらを向いたような気配がした…けど、気のせい?

「どうかした?真那まなちゃん」

水城みずきさんが不思議そうに、こちらを見ながら声をかけてくれた。

「ううん、何でもない。ところで……」

首を横にふって答えた私は、さっきすれ違った白い青年について水城みずきさんに訊ねてみる事にした。

「あの方は、天宮あまみや様――この国の王家の方で、確か…大神官を務めてらっしゃるんだよ」
「へぇ…偉い人なのね」

――天宮あまみや様、か。
でも、何でだろう…あの人、少し怖い感じがする。

振り返ると、集落の人達はみんな…天宮あまみや様に向かって頭を下げたり、手を合わせて拝んでいたりしているのが見えた。

そういえば…昔、私の住んでいたところにも来ていたような……あれ?どうだったっけ?

よくわからなくなって、首をかしげていると水城みずきさんに肩をたたかれた。
びっくりして水城みずきさんを見ると、彼女はにっこりと微笑む。

「さ、医院に戻ろうか!さすがに…十紀とき先生も待ちくたびれてそうだし、と言うより――サボってそうだし」

た、確かに…十紀とき先生ならば、あり得るかもしれない。

サボっている十紀とき先生の姿を思い浮かべた私達は思わず吹き出し笑い、一緒に医院へ戻る事にした。

――こんな風に、楽しい時間がずっと続けばいいのに。

そう思った……
もちろん、記憶が戻っても水城みずきさんとこうして友好関係が続けばいいのに…と。



だけど――


それは、決して許される事ではなかった……

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