3話:聖女の破片

「何をしている、お前達!」

医院の廊下で困った表情を浮かべ立っている十紀とき達3人に向けて、中年男性の怒鳴り声が届いた。
怒鳴り声が聞こえてきた方向に目を向けた3人は、異口同音でその人物の役職名を呼んだ。

「里長…」
「何をしている…こんなところで、こそこそと!」

不機嫌そうに、里長は十紀ときを…そして、神代かじろを見た。

「まさか、まだ…何か隠しているんではなかろうな?」
「いいえ、そんな事はないですよ」

首を横にふった神代かじろは、言葉を続ける。

「やはり、少し体調が悪いので十紀ときに相談していただけですよ?僕は…」
「ふん…だが、それを選んだのは貴様だろう?」

納得したのか、していないのか……
里長が疑うように神代かじろを――そして、後ろに控えている古夜ふるやに目を向けた。
古夜ふるやは黙ったまま、静かに里長の様子をうかがうように見ているようだ。

今の、話の流れで理解した十紀ときは白衣のポケットから小瓶をだすと神代かじろに手渡す。

「というわけだ…しばらくは、これを飲め」

まだ疑いの眼差しで見てくる里長を無視して…神代かじろは礼を言いながら、その小瓶を受け取った。
訝しげに里長は十紀ときから小瓶、それを受け取った神代かじろを順に見ている。
…どうやら、まだ完全に信じていないようだ。

そんなやり取りの最中、ゆっくりと杖をつくような音が静かな廊下に響き渡った。
一体、誰が来ているのか…?

4人がそちらに目を向けてみると、青い杖をついた真っ白な印象の青年が歩いてきた。

「おや…お取込み中でしたか?」

立ち止まった青年は、周囲の様子をうかがいながら首をかしげる。

「こちらから、哉瀬かなせの怒鳴り声が聞こえてきたと思うのですが……」
「おぉ…これはこれは、天宮あまみや様。驚かせてしまい、大変申し訳ありません」

困った様子の青年・天宮あまみやに、里長の哉瀬かなせは慌てて頭を下げた。
そんな哉瀬かなせの様子に、十紀とき神代かじろはお互いに顔を見合わせて苦笑する。

「さっきまでの威勢は何処へやら、だな」
「まぁ…確かに」

そんな2人の言葉を無視して、頭を下げたままの哉瀬かなせは言葉を待っている。
頭を下げた哉瀬かなせの傍へ行き、そっと肩をたたいた天宮あまみやは優しく微笑んだ。

「しばらく、この集落に滞在しますね…その挨拶は遅くなりましたが。後、すみませんが…神代かじろ十紀ときに話があるので、外してもらえますか?後ほど、改めて挨拶に伺いますので…」
「はい、わかりました。それでは、お待ちしております…失礼いたします」

頭を上げた哉瀬かなせはもう一度、恭しく頭を下げると帰っていった。
この場に残されたのは十紀とき神代かじろ古夜ふるや…そして、天宮あまみやだ。

「…朝食後、私ひとり置いて何処かへ出かけたようだな、と思っていたら――」

呆れた様子の天宮あまみやは、ため息混じりに言葉を続ける。

神代かじろ…そんな空瓶を持って、ここで何をやっているのですか?」

その言葉に、神代かじろは持っていた小瓶を慌てて確認すると苦笑した。

十紀とき…中身、入れ忘れてますよ」
「あぁ…そうだったか、すまないすまない」

困ったように髪をかいた十紀とき神代かじろから小瓶を受け取ると、そのまま白衣のポケットへ入れる。
そのやり取りを静かに見守っていた天宮あまみやは、十紀ときの方へ顔を向けると呆れたようにため息をついた。

「…そういう芝居をする時は、きちんと用意しなさい。偽物でも中身さえあれば、説得力が出るでしょう――で、生き残りの少女は何処ですか?」
「………」

驚いた十紀とき神代かじろは、天宮あまみやから目を離さず何も答えない。
自分達の隠していた事を…一体、何処から聞いてきたのだろうか。

――集落の人間は、天宮あまみやには逆らえない……訊ねられれば、間違いなく答えるだろう。

それと、天宮あまみやには隠し事や嘘偽りの類は通じない。
すべてを見通す力が強いのだ。

幼い頃からそれを知る十紀とき神代かじろは、どうするべきか悩んでいた。
そんな2人の様子に気づき、それまで静かに控えていた古夜ふるやが悩む十紀とき神代かじろの前に進み出て言葉を発する。

もちろん古夜ふるやも、天宮あまみやの力について知っていた。
そして、隠しきるのは無理である事も――

「…お会いになって、どうされるつもりですか?」
「どう…さっさと終わらせるべきでしょう?このままでは、無駄に神代かじろの力を消耗させてしまうだけ。今、彼を失うわけにはいきませんからね…」

古夜ふるやの方を向いた天宮あまみやはら声音を落として答える。

「もうすでに…この国は、3司祭のひとりを失ったようなものですから。これ以上の失敗は、もう許されない……」
「確かにそうだが…他に方法はあるだろう?」

納得したように頷いた十紀ときは、硬い表情をした天宮あまみやに訊ねた。

「第一…無理矢理、おこなった事で『あの集落』は滅んだ。あいつは、最後まで被害を最小限まで抑えたんだ……何か、手はあるかもしれないだろう?」
「誰かの犠牲で、この地を救う……それは結局救いではないのだと、僕も思います」

十紀ときに同調するように、神代かじろは言う。
天宮あまみやはため息をつくと、すがるように見る神代かじろを優しく諭すように話しかけた。

「あのバカと同じ事を言いますか、神代かじろ…貴方達は、『アレ』から人々を護る為に今いるのですよ?その為には――」
「わかっています…それは。だけど、きっと彼はそれを……」

頷いて答えた神代かじろは、そこで言葉を切った。
何が言いたいのか…大体の予想がついたらしい天宮あまみやは、呆れたように神代かじろ十紀ときの方を向く。


――きっと、彼はそれを望まない。


俯いた神代かじろは、おそらくそう言いたかったのだろう。
それを感じ取った天宮あまみやは何も言わず、ただ黙って神代かじろの方を向いていた。

「そこまで言うなら…わかりました、少しだけ待ってあげましょう。どうするかは、貴方達に任せますよ」
「…いいのか?何をやっても……」

天宮あまみやの様子をうかがいながら十紀ときが訊ねると、天宮あまみやはゆっくりと頷いた。

「…まぁ、彼ら・・が逃がしてはくれないでしょうから――そこだけは…肝に銘じておきなさい、ね」
「………」

口元だけに笑みを浮かべた天宮あまみやは、踵を返すと帰っていった。
十紀とき達3人は、天宮あまみやの後ろ姿を静かに見送る……

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