3話:聖女の破片

医院から外に出た私は、色んなところを見て回った。
主に、自然な風景を…だけど。

とてもきれいで――なんだか、とても懐かしい気分になったな……
もしかすると、私の故郷はここと似ているのかもしれない。

そんな事を考えながら歩いていると、道の真ん中で俯いている女の子が立っていた。

どうしたんだろう…何か困っているのかしら?

記憶喪失でお世話になっている私だけど、何か力になれるかもしれない。
そう考えて、私は女の子に声をかけた。

「…どうかしたんですか?」

女の子は顔を上げると、とても驚いた――そして、憎しみのこもった目で私を見てきた。

でも、どうして…?
私は、この女の子の事を知らない。
――ぁ、もしかして……

昨日、十紀とき先生から聞いた言葉を思い出した。

――理哉りやは、本気で言ったわけではない……今は事情があって、まともな判断だけができていないだけだ。

この女の子…理哉りやさんは、私を殺したいほど憎んでいる。
でも、それは事情があっての事だから…と。

意を決して、私はゆっくりと理哉りやさんに話しかけてみた。

「あの…理哉りやさん、ですよね?私は――」
「知ってるわ…あんたの名前、姉様から聞いた事があったから」

ポシェットから刃物を取りだした理哉りやさんは、刃の先を私に向けながら言った。

「あんたのせいで…姉様が死んだのよ!姉様だけじゃなく、他にもたくさん…」
「ぁ…ダメです、理哉りやさん!やめてください!!」

叫び声と共に、誰かが理哉りやさんから刃物を取り上げる。
よく見ると、その人物は水城みずきさんだった。

「大丈夫だった?真那まなちゃん」
「ぁ、はい。大丈夫です…ありがとうございます」

私が無事であるのを確認した水城みずきさんは、安堵のため息をつく。

「あぁ、よかった…」
「よかったじゃないわよ、水城みずき!あたしの邪魔しないで!」

水城みずきさんに取られた刃物を取り戻そうと、理哉りやさんは必死だ。
彼女にこんな事をさせてしまっている…私は、一体何をしてしまったのだろう?

水城みずきさんと理哉りやさんの攻防は、水城みずきさんが理哉りやさんの頬を叩いた事で終わりを告げた。
乾いた音と共に、理哉りやさんが驚いたように水城みずきさんを見て…そして、叩かれた自分の頬に触れている。

「こんな事をしたって、貴女のお姉さんは喜ばない!今日は、もう帰りなさい!」

水城みずきさんの言葉に理哉りやさんは目に涙を溜めると、悔しそうに私や水城みずきさんを睨みつけると走り去った。
あまりの出来事に、私は見ているだけしかできなかった。

それから水城みずきさんの案内で、集落で一番きれいな景色が眺められる場所に移動した。
ちょっと崖になっているけど、眼下に広がる森の深い緑色と空の青色がとてもきれい……

「さっきの…理哉りやさんの事、許してあげてね」

水城みずきさんが、申し訳なさげに言った。
私は十紀とき先生から悪気がない事を聞いていたので、気にしていない…大丈夫だと告げる。
それを聞いた水城みずきさんは、悲しそうな笑みを浮かべたまま「ありがとう」と言った。

「私と理哉りやさんのお姉さん――実哉みやなんだけど、彼女とは幼馴染なの」

水城みずきさんが、遠くを見つめながら話してくれた。

理哉りやさんのお姉さんである実哉みやさんは、一年前のお祭りで起こった事故で亡くなったそうだ。
時を同じくして私が千森ちもりへ来たので、理哉りやさんは何か繋がりがあるのでは…と考えたみたい。

だから昨日、十紀とき先生のところで……と、私の中で繋がった。
大切な家族を失った彼女の哀しみを考えると、すごく心が痛い。


――だったら、早くこちらに来なさい。


…何処からか、囁き声が聞こえてきた。
隣にいる水城みずきさんを見たけど彼女は景色を眺めているからか、この囁き声に気づいていないようだった。
もう一度耳を澄ませてみても、囁きはもう聞こえてこない。

何だったんだろう…さっきの声は。
……空耳、だったのかしら?

でも、この声に聞き覚えがある。
昨夜……私の部屋に現れた、私と同じ年頃の女の子の声に似ている気がした。

――あ…れ?
そういえば、さっき会った理哉りやさんとあの子って顔立ちが似ているような……?

「あれ…真那まなちゃん、どうしたの?」

私の顔を覗き込むように、水城みずきさんが心配そうに声をかけてくれた。
どうやら、私はぼーっとしていたみたいで……水城みずきさんに心配をかけちゃったみたい。
また、迷惑をかけちゃった……何してるんだろう。

慌てて、私は首を横にふる。

「ううん、大丈夫…すごくきれいな景色だね」

私がそう言うと、水城みずきさんは胸を張りながら嬉しそうに笑った。

「ここは、この集落一景色が良い場所だからね!」


――今でも、水城みずきさんの誇らしげな微笑みが頭を離れない。


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