3話:聖女の破片

朝になると集落を包み込むような…飲み込むような、あの霧は消えていた。
何事もなかったように、集落の人々は普段通りの生活をしている。

――でも、ここの人達は霧の…何に怯えているのかしら?

ふと、そんな疑問が頭をよぎる。
確かは、こう言っていた……

――これはね…大切な、たくさんの『想い』を護っているんだよ。
だから、怖がる必要はないんだ…本当は。

私は確かに、そう聞いた。

たくさんの『想い』…って、一体何だろう?
今の私には、わからないけれど。

そんな事を考えながら身支度を済ませて病室から出ると、目の前に十紀とき先生が壁にもたれかかるように立っていた。

「わっ…びっくりした。おはようございます、十紀とき先生」
「…おはよう、真那加まなかさん。昨夜…何か、あったかな?」

突然、何を聞いてくるのかしら…?

何を指しているのか…わからない私は、思わず首をかしげた。
十紀とき先生は訝しげにこちらを見ていたけど、ため息をついた。

「……ならばいいが。とにかく、鳴戸なると達には気をつけなさい」

不思議だったけど、私は十紀とき先生の忠告に頷いて医院の外へ出てみる事にした。
……出かける私の後ろ姿を、十紀とき先生が見送っている気配だけを感じながら――


***


「………」

出かけていく真那加まなかの後ろ姿を、静かに見送った十紀ときは深くため息をついた。
そして、自室へ戻ろうと歩きだす。

(まったく…接触するなと言ったのに、何度も私や神代かじろの目をかいくぐって会うとはな。それに…――)

あの場所・・・・にあったはずのペンダントを真那加まなかがしている事に気づいた昨日、確認しに向かうと置いてあったはずのペンダントはなくなっていた。
その事に水城みずきも気づき、彼女は帰り際に知らせてきた。

――十紀とき先生、あのペンダント…真那まなちゃんに渡したんですか?

(…誤魔化す為に、私が渡した事にしたのだが。水城みずきは大丈夫だろうが、『生き残り』について公になれば、里長達は何をしてくるかわからない……)

窓の外の景色を十紀ときが横目にしながら物思いにふけっていると、誰かがこちらに来ている足音が聞こえてきた。
そちらの方に目を向けると、神代かじろ古夜ふるや十紀ときの元へやって来ていた……

「…駄目でしたよ、何度呼びかけても反応してくれなくなりました」
「そうか…私の力では届かないので、神代かじろならば大丈夫かと思ったのだが」

困ったように髪をかいた十紀ときは、再び窓に目を向けると言葉を続ける。

「例のペンダント…真那加まなかさんのだったようだ。あいつ・・・が渡したらしい…一応、私が渡した事にしたが」
「そうでしたか…わかりました。ただ…あの方・・・は、かなり疑っているようですよ…まだ何か隠しているのではないか、と」

神代かじろが後ろの…ある病室・・・・の方を見やると、十紀とき古夜ふるや神代かじろが見ている方向へ視線を向けた。
そして、神代かじろは呟くように口を開く。

「…あの方・・・に気づかれる前に、真那加まなかさんをこの集落…この国から逃がさなければ」
あいつ・・・も、それを望んだからな…だが、問題はあの方・・・だけではないぞ」

同意するように頷いた十紀ときだったが、ある事を思い出したかのように言葉を続けた。

「里長の命で動く奴らと、理哉りやだ。もっとも、理哉りやは私怨で動いているようだがな…」
「と、なりますと…秘密裏に逃がす事がかなり難しい状況ですね」

十紀ときの話を聞いて、昨日誰かに追われていたらしい真那加まなかと出会った事を思い出した古夜ふるやは困惑したように言う。

「危険ですが…もう一度、霧の時に脱出させますか?」
「…それは、無理かもしれないです。第一、彼女・・がそれを許さないでしょう…かなり固執しているようですし」

囁くように答えた神代かじろは、深くため息をついた。

どうやっても、何処かで誰かの邪魔が入る――その事実に、3人は困り果てた表情を浮かべていた。


***

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