0話:惨劇の祭り

「…大丈夫かい?」
「えっ?」

桜矢おうやさんが声をかけてくれるまで、私は呆然と熾杜しずや伯父さんが去っていった方向を見つめたままだったみたい。
頷いて答えた私に、桜矢おうやさんが気分転換に外へ出ようと誘ってくれた。
でも、これから罪深き霧が発生する夜になる――危険はないのかな、そう思っていると悠河はるかさんがベルトに差した剣と刀を私に見えるようにした。
…ところで何故、剣と刀の二本持っているのかしら?

少しだけ疑問に思ったけどそこには触れず、ふたりと共に外へ向かった。

外に出ると日が暮れはじめていて、人気ひとけのない集落内――各家の前に置かれた祭壇から白百合の花の強い香りがする。
この地域特有の霧も薄っすらと発生している気がするけど、これならまだ危険はないと思う。
千森ちもりおこなわれている、今日の祭りはそろそろ終わる頃だろうな……

「この祭りも本当ならやめさせるべきなんだろうね、誰かの犠牲を隠して楽しむのは間違っているのかもしれない」
「そうかもしれないです…でも、これは隠さなければいけない危険なものでもあると思います。この霧は悲しみを体現している、と私は思います」

死者の記憶を管理している存在――それが、この地を覆う霧の正体。
もしこの存在が公になってしまえば、きっと大変な…ううん、旧暦時代であったとされる混乱が起こるかもしれない。

今は千森ちもりだけでおこなわれる小さな祭り、それも『言い伝えがある』で通る範疇のものだから騒ぎにならないだけ。
検証しようとしても、一般人にできる事なんて限りがある…そもそもこの地はりん王家の管理地だから、そんな事をしようものなら取り締まられてしまうわけだし。

「そうかも、しれないね…」

悲しげにそう呟いた桜矢おうやさんは、今は誰もいない静かな集落内に目を向けた。

私達はひとりの犠牲の上で、平和に生きている……熾杜しずは、それに腹を立てていたのだろうな。
自分にはない未来が私にあるから、それが羨ましくて私から奪うような真似をしていた。
もう少し早く気づいていれば、何かが変わっていたのかしら…それとも、何も変わらなかったのか。

一時間くらい集落内を三人で散策してて、ふと気づく…身体に薄っすらと霧が纏わりつくような、変な感じ。
私の異変に気づいたらしい桜矢おうやさんと悠河はるかさんが警戒するように周囲を見ている、けど何が起こったのかわからない様子だった。

「…真那まなちゃん、動かないで。何かおかしい」

私達が外にいる間に儀式は終わっているはず…だというのに、この感じは一体何?
もし儀式が無事に終わっているのなら、霧は濃くなって静寂の夜を迎えるというのに…なんだか心の中を覗かれているような、嫌な感覚が消えない。

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