0話:惨劇の祭り

ここはりん国の輝琉実ひかるみ西南に位置する国立白花はくか学園で、今私がいるのは学生寮の一室。
白花はくか学園は別名『修道院』とも呼ばれ、男女別の校舎で厳しい戒律と世界への感謝を学業と共に学ぶ――卒業後は神職に就いたり、故郷に戻り教師となったり様々だ。
ちなみに、遠方から来る生徒の為に同じ敷地内に寮も存在している。

今は夕刻を過ぎた頃で、私は同室の女の子と一緒にゆっくりと夕飯までの時間を過ごしていた。

真那加まなか、もうじき里帰りするんだっけ?」

何気なくカレンダーに目を向けたらしい彼女が、読書する私に声をかける。
その言葉に、そういえば『祭り』があるので公欠届と外泊届を提出して帰郷しなくてはいけないのだと思い出した。
…思い出したというか今日は羽月うつき4日だから、もう明日の朝には出発をしなければいけないけど。


私の故郷である実湖みこと隣の集落である千森ちもり羽月うつき6日から9日の4日間、ある祭りを開催している。
地元の者以外は、日中だけしか見られない秘祭…でも、それは千森ちもりだけが受け入れている事。
実湖みこは地元の者と、千森ちもりの住民以外を受け入れない。

どうしてなのかを父に訊ねると、外の人々を守る為なのだと答えた。
かといって、千森ちもりが何も考えず外部の人々を受け入れているわけでないのも理解している。
千森彼らは集落の過疎化を止めたいのだろう……


「うん…少しの間、留守をお願いね。曜玉ようぎょく

私がいない間の、授業ノートの写しを毎年同室であるほう曜玉ようぎょくに頼んでいる。
ちなみに彼女は星砂せいさ国からの留学生で、部族のひとつ『ほう』の族長の末娘だ。
星砂せいさ国には様々な部族が存在していて、各部族の代表者からなる議会が政治を担っているのだという。

彼女とは入学してすぐに仲良くなり、本来なら部族名も一緒に呼ばなければいけない名前も略す事を許してくれた。
毎年この時期はお世話になりっぱなしだから、実湖みこで生産している桃をいつも手土産にしている。
私のお願いに、彼女は任せろと親指を立てて笑った。




食堂からの帰り、学生課にて公欠届と外泊届を貰ってきたので自室に戻った今書いている。
…少しだけ気が進まなくて、思わずため息もでてしまう。

「どうしたの?気が進まないのなら、一回くらい帰省するの止めたら?」

部屋に丁度戻って来たらしい曜玉ようぎょくに、ため息を聞かれてしまったみたい。

「そうはいかないの…今回だけは絶対に・・・・・・・・帰らなくちゃいけなくて」
「どういう事?」

首をかしげ不思議そうな様子の曜玉ようぎょくに、里のしきたりについて話せないので仲の良くない身内が亡くなる・・・・とだけ伝えた。
身内が危篤なのだ、と彼女は解釈したようで申し訳なさげに眉を下げる。

「それは…仲が良くない、とはいえ悲しいよね。悔いだけは残さないようにするんだよ?」
「…うん」

公欠届と外泊届を書き終えた私は学生課へ提出する為、自室を出た。
出発は明日の朝の予定だけど、早々に出しておけば出発時バタバタしなくていい。
気が進まないせいで提出は遅くなってしまったけど、明日が休日でよかった…だって、公欠届と外泊届がギリギリでも問題ないだろうから。

学生課の受付にいた人が同郷の人で私の顔色が悪かったのか、少しだけ心配かけてしまった。
あの祭事で何がおこなわれるのか知る職員さんだったから、おそらく事情を察して深く訊ねないよう配慮してくれたのかもしれない。
同郷の職員さんは有休を取って、早朝に帰郷するのだと教えてくれた。
――事情が事情だから、この職員さんも帰るのが憂鬱なのかもしれない。

部屋に戻った私は、もうすでにベッドで夢現ゆめうつつ曜玉ようぎょくを起こさないよう自分のクローゼットを静かに開けて旅行鞄に着替えを詰めていく。
荷造りを終えてから寝間着に着替え、部屋の電気を消して自分のベッドに潜り込んだ。

「その…気を落とさないようにね。おやすみ」

照明が消えた事で目が覚めたらしい曜玉ようぎょくに声をかけられた。
ありがとう、と返事をして私は眠りに落ちる。

別れの前に、あの子ときちんと話し合わないといけない――それが一番大切な事だけど、本当に気が進まなかった。
あの職員さんもあの子の横暴さを知っているから気が進まなかったのかもしれない、と考えれば身内の者として申し訳なく思う。

翌日、朝起きると曜玉ようぎょくはまだ寝ていた。
今日は休日だしね、と起こさないよう静かに身支度して荷物を手に部屋を出ようとした私の背後から曜玉ようぎょくの眠そうな声が聞こえてくる。

「…気をつけてね、いってらっしゃい」
「うん、いってきます」

少し起き上がった彼女に向かって、小さな声で返事をした。
…今考えたら、これが彼女との同室生活最後の会話になってしまったんだよね。


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