12話:再会の旅人

朔人さくひと紫麻しあさの案内で、最初の目的地である墓所に着いた…といっても、里長の屋敷から歩いて五分くらいの小高い丘にあった。
墓所の入口に建てられた、二年前の事件があった日付の彫られた慰霊碑とその傍に建てられた秋桜の咲いている真新しい墓――おそらく、この二ヶ所が目的の場所だろう。
しかし、今の時期に秋桜が咲いているものなんだな……

「この土地って、季節関係なく狂い咲く花が多いそうだよ。でも、この土地から少しでも離れると枯れ崩れちゃうんだって」

千森ちもり実湖みこ、そして間にある森と谷――この地だけに起こる狂い咲きは【迷いの想い出】の力の副産物のひとつ、誰かの為に狂い咲いているのだと紫麻しあさは言う。
つまり、この秋桜はここで眠る者が生前一番好きな花だったのかもしれない。

真那加まなかから慰霊碑には青と緑色のリボンが結われた花束を、秋桜の咲く墓にはピンクのリボンが結われた花束を供えてほしいと頼まれている。
それぞれに供え、祈っていると突然の強風に思わず顔をそむけてしまう――が、すぐに止んだので再び正面を向く。
すると、目の前にふたりの…長い桃色がかった女性と黒く長い髪をふたつに結った少女が立っていた。
女性の方は青と緑のリボンの、少女の方はピンクのリボンの花束を嬉しげに花束を抱え…そして、こちらに向けて頭を下げると花束と共に消えてしまう。

「死者に会える祭り、か…」

彼女らが本人なのか、そうでないのか俺には判断つかない――だが、思いは届いていると信じたい。

その後、墓所を出てすぐ傍の脇道から森へ入った。
この脇道から入れば住民に気づかれないのだ、と朔人さくひとは言う。

森の中は鬱蒼としている上に、昼間だというのに霧深く日の光はあまり届いていないようだ。

「はぐれたら危ないので、僕らから離れないように」

朔人さくひとから注意を受けたが、確かに迷うだけでなく野生動物などもいて危険だろう。

手を繋いだふたりに先導されるよう歩いて三十分、大きな岩のような石が落ちている場所に着いた。

「森の中にある扉、っていうのはここだよ…本当は入口を出してあげたいところだけど、管理している王家から許可が下りなくてさ」

真那加彼女は王家の許可がいるのを知らなかったんだろうね、と朔人さくひとは続けた。
申し訳なさげに紫麻しあさも言う――王家の者じゃないから勝手は許されないんだ、と。

この大きな石の正面はわからないが、今いる方向側を正面と考えて大丈夫だろうとオレンジ色と赤色のリボンが結われた花束を置いて祈る。
誰かの気配に顔を上げると、目の前に赤髪の女性が花束を持って立っていた。
そういえば、この女性と水無みなは似ている気がする……

水無みなという、新しい里長から貴女へ伝言がある。あと一、二年で千森ちもりを掌握する…先代のような愚かな事はしない、彼はそう決意していた」

おそらく花束が真那加まなかからである事、伝言の意味を正しく理解した彼女はひとつ頷き一礼して消えた。

「さっきの彼女――水城みずきは一年前の事件で【迷いの想い出】に取り込まれ、膨大な情報データに自我が耐えられず消えたそうだよ。でも、システムは死者とカウントしたから姿を現したんだろうね」

先ほどまで、水城みずきのいた場所へ視線を向けた朔人さくひとは言う。

俺達はもう一度祈ると、次の目的地へ向かった…のだが、今どのあたりを歩いているのかまったくわからない。
多分一時間くらい経っただろうか、『実湖みこ』と彫られた石柱の立ている所にやって来た。
建物らしきものは何も残っていないようだが、ここが滅んだ集落――真那加まなかの故郷である実湖みこという事か。

最後の、藤色のリボンの結われた花束を石柱の前に置いて祈る。
暖かく柔らかな風と共に、優しげな表情の男が花束を手に取って立っているのに気づいた…どことなく真那加まなかの面影がある彼は、おそらく肉親なのだろう。

花束を抱えて石柱の先に向かう彼を追うと、おそらく実湖みこの住民達だろう人々がこちらを向いて立っていた。
並んでいる住民達の前で立ち止まり振り返った彼は、住民達と共に頭を下げ――彼だけを残し、住民達は消えてしまう。
残った彼は、おそらく実湖みこの里長なのだろう…何か伝えたいらしく、頭を上げると更に奥地の方を指した。

「ありがとう、これから向かうね」

紫麻しあさ実湖みこの里長に答えると、彼は安心したように微笑み霧に包まれ消えてしまった。
一体何を伝えてきたのか訊ねると、霧深い集落跡に視線を向けた彼女は答える。

天宮あまみや様に頼まれた件の、場所への近道を教えてくれたんだよ。別ルートだと、谷越えがあって面倒なんだよね」

目的の場所は幾つかの谷を越えた所にあるそうだが、崖下にある実湖みこを通れば楽に行けるらしい。

ふたりの案内で人が生活していた痕跡さえ残らない集落の一番奥、岩壁に人の手で作られたトンネル前に辿り着いた。
なるほど、このトンネルを通れば谷越えをせずに済むわけか…そもそも、谷間に橋が架かっているかわからないしな。

トンネル内は薄暗く、足元が見えないので朔人さくひとの持つライターの明かりを頼りに進んでいくとすぐ出口に着いた。
だが、またすぐ次のトンネルが見えたのでひとり納得する――谷の分だけトンネルがあるのだな、と。

幾つかのトンネルを通った先に現れたのは、無機質な灰色の建物だった。
ここが殿下の言っていた所なのだろう、が一体何の施設なんだ?
それを訊ねると、朔人さくひとは肩をすくめ教えてくれた。

「僕らがここを見つけた時は、重要な書類など破棄されていたから詳しくわからない。でも多分〈狭間の者僕ら〉の持つ異能について研究していた施設のひとつ」
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