12話:再会の旅人
理矩の案内で屋敷に入ると、何処からか話し声が聞こえてきた。
「赤ちゃんって、こんな拗ねた表情というか…死んだ魚の目のようなんだっけ?」
「拗ねるも何も自分が招いた事だ。しばらくすれば開き直るだろう、さすがに」
声の感じから、少女と青年が話しているようだ。
この会話を聞いた知治が、興味を持ったらしく「何々~?」と小走りで向かった。
「これはこれはー、大変不貞腐れておられるーぶふっ」
そして、思わずといった様子で吹きだし笑っている。
一体そこに何があるというのか…いや、先ほど聞こえた会話の内容から赤児がいるのはわかっているが。
気になっていると、理矩が簡単に教えてくれた――どうやら、先客がいるらしい。
そしてその先客と面識がある、と夕馬が言っていたそうだが…だとすると、七年前の時か?
理矩に案内されるまま、俺も彼らのいる居間らしき部屋へ向かった。
笑っている知治は置いておいて、そこにいたのは白衣を着た白灰色の髪の青年と小さな布団に寝かされた赤児。
それと、その傍にいるのが黒髪の少女と納戸色の髪の男だ――確かに、このふたりとは七年前に会っている。
「あー、七弥だっけ。久しぶりだな」
片手を上げた納戸色の髪の男…そうだ、朔人と名乗っていたか。
俺の傍に立った理矩が、首をかしげて白衣の男に声をかける。
「十紀様、冬埜様は神代様と古夜さんと?」
「ん、あぁ。【迷いの想い出】内のセキュリティの確認も兼ねて行っている…ところで、はじめましてでいいか?」
理矩に答えた後、彼はこちらに目を向けた。
「私は十紀。昔、冥国の国立紫要学園に留学していてな…倉世には、良くしてもらっていた」
学生時代、倉世とは受ける授業が同じだった事もあって友人となったそうだ。
俺の事も校内で見かけていたらしい…確かに、学生時代は倉世とよく一緒にいたしな。
まさか学舎で同期だったとは気づかなかった――なので、改めてだが簡単に挨拶を済ませた。
そして、七年前に会いはしたが言葉を交わしていない黒髪の少女と目が合う。
一瞬戸惑った様子を見せた彼女は朔人から十紀、理矩へ順に視線を向けた後に名乗った。
「えーっと、私は紫麻…それと、こっちの赤ちゃんが桜矢」
黒髪の少女・紫麻が手で指す先にいた、知治曰く不貞腐れている赤児が桜矢というらしい。
桜矢は静かにこちらを見つめた後、ぷいと反対方向を向いてしまった。
見たところ、生後数か月くらいだろうか…にしては、随分と物静かな気もする。
「あーもう少しで悠河、っていうのが桜矢の従者なんだけど…彼がミルクを作ってくるから待ってるんだよ」
苦笑した彼女は桜矢の頭を撫でていると、淡い赤色の髪の男が哺乳瓶を片手に俺達のいる居間に姿を現した――おそらく彼が、桜矢の従者である悠河なのだろう。
来客があると聞いていたのだろう彼はこちらに頭を下げ、悠河と名乗って桜矢を抱き上げてミルクを与えた。
視線は桜矢の方に向いたまま話す悠河によると、一年前の事件で主人である桜矢は生命を落としたのだという。
「運が良かったというか、数か月くらい前に生まれ直せたんだよね。何処に生まれるかわかってからは心配なかったけど」
お茶を飲んだ紫麻は言う――数年かかる時もあるのに、今回は早くて良かったねと。
…生まれ直す、という事は生みの親がいるのだろうか?
意味がわからず困っていると、十紀が簡単に説明してくれた。
何処に生まれるかある程度成長した段階になればわかるので、両親となる人間の遺伝子を入手して本当の子を造り用意する。
赤児は必ず仮死状態で生まれるので、そこで本当の子と取り換えているそうだ。
「…協力してもらっているようなものだからな。もちろん本当の子も、両親の元で元気に育っている」
親御さんが哀しい思いをしないようで安心したし、元気に育っているのなら大丈夫か。
ミルクを飲み終えたらしい桜矢の小さな背中を悠河が優しくたたいてげっぷをさせていた。
そのまま桜矢がウトウトしはじめているのを見て、なんだかとても和んだ。
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