12話:永久の闇への旅路

母娘おやこの事は知治ともはるに任せ、俺達はこの国を離れる準備の為に別行動をとる事となった。
俺も荷物をざっくりまとめる為に、一度寮の自室に戻ってきたわけだが――

とりあえず、港の爆発で手一杯なのか…まだ、俺達の部屋に捜査の手が伸びていなかったのは幸いだった。
だが、あまり悠長な事はできないだろう。
貴重品や必要なものなどを鞄に詰め、俺は住み慣れた自分の部屋を後にする。

ふと思い出し、倉世くらせの部屋へ向かう……もしかしたら、何か残っているかもしれないと考えて。
あいつの部屋は俺の部屋と違い、捜索されたのかバリケードテープが貼られていた。
粗方、連中の手に渡った後だろうが……と、そっと部屋に足を踏み入れる。

予想通り部屋は荒らされ、証拠となるようなものは持っていかれたようだ……が、幸いにも連中は気づかなかったようだ。
床に落ちているそれを手に、思わず苦笑してしまった。

(まったく…幼馴染みである俺じゃなければ、これ・・には気づかないだろうな)

――それは可愛らしい白いクマのぬいぐるみだった。
学生時代に、何かの時に倉世くらせが言っていた……もしもの時は探せ・・・・・・・・、と。

最期にそれを口にしなかったのは、あえて言わなくてもわかると信じてくれたんだろう。

一体どんな秘密が隠されているのか、拾ったぬいぐるみをじっくり観察してみた。
ひと抱くらいの……見た目は何の変哲もない、首元に赤いリボンの結われた白いクマのぬいぐるみにしか見えない。
――あいつは、これに一体何を……?

とりあえず、あまりこの場に長く留まるのは得策ではない。
俺はぬいぐるみを抱えたまま、部屋を出た…もう、ここに来る事もないだろう。

学舎の理事長である真宮まみやと面会し、部下達と合流した後だから出国を2日後の早朝にした。
まぁ、荷物をまとめた部下達はもう知治ともはるに保護されている頃だろうと思うが……

さすがに俺ひとりでは、彼らを守り切る事は不可能だろうし…真宮まみやと会うまでの間、無理を承知で頼み込んだのだ。
少し考え込んだ知治ともはるは、何処かに連絡を入れた後に了承してくれたのでとても助かった。

――問題が俺だけになるので、約束の時間まで別の場所で身を隠しながら潰す事にした。




翌日の早朝……王都の小さなホテルにいたら、何故か私服姿の葎名りつな様がやって来た。
葎名りつな様曰く、学舎まで安全に案内するよう第二王子殿下に命じられたらしい。
ホテルの前に車が横付けされており、運転席には葎名りつな様の側付きである斐歌あやうたが座っていた。

促されるまま車に乗り、そのまま学舎――国立紫要しよう学園へと向かう。
その道中、葎名りつな様が窓の外へ視線を向けたまま話しかけてきた。

七弥ななや…それで、君はわかったかな?どちらが問題だったのかを――」
「…………」

何が問題であるのか…その問いは〈隠者の船〉を動かした際、それに気づいた葎名りつな様が訊ねてきたのだ。
その時の俺は、久知河ひさちかから教えられた内容をそのまま答えた――国家騒乱罪で倉世くらせ達を拘束し贖わせる、と。
おそらく、この時には全てを知られていたのだろう……だから、何も知らない俺に気づかせようと問いかけたという事か。
――あぁ…だから玖苑くおんを出発した辺りから定期連絡で、ある人物・・・・についてを執拗に訊ねてきたのはそういう意味だったのか。
だが、まさか『紫鴉しあ博士』が存在しないとまでは考えつかなかった。

……もし、あの段階で気づていたら葎名りつな様達の話を詳しく聞いていたのだろうか。

何も答えられず、ただ静かに運転席の背面を見つめる事しかできなかった。
そんな俺の様子に、葎名りつな様はこちらに視線を向けてため息をつく。

「……まぁ、その様子なら大体の事は知ったのだろうね」
「貴方達も…《闇空の柩》の関係者、なのか?」
「あぁ、倉世くらせから聞いたのだね…彼らの存在についてを――」

苦笑した葎名りつな様は再び外の景色へ視線を向け、ひとり言のように言葉を続けた。

「この国の王族が《闇空の柩》と取引をしたのは、新暦に変わって100年経ったくらいだったそうだよ……」

この世界を死なせぬよう、当時の王が《闇空の柩》を統べている〈神の血族古代種〉の王族に連絡を取ったのだという――
その契約は現在も続いているのだが、今代になってある異変が起きてしまったらしい。

「あまり詳しくは話せないのだけどね…陛下は、もう長くない」

葎名りつな様は声を潜めて言った……もう10年くらい前から、陛下は公務に就けていないのだと。

その言葉に驚き、思わず葎名りつな様の顔をまじまじと見つめてしまった。
……公務に就けていないと言っていたが、国の行事などで姿を現していたはずだ。
その際、とてもお元気そうだったと思うが――

「……私の父が影武者をしているんだよ、とてもよく似た顔立ちをしていたからね」

そういった関係で両親は出会ったのだと、苦笑しながら葎名りつな様が話してくれた。
そういえば、葎名りつな様の母君は王妹だったな……

「父のおかげで陛下は、今の状態を誰にも悟られずに済んでいた……でも、もう誤魔化せないだろう」

葎名りつな様の父君と側近達は、起き上がる事が難しい状態の陛下と入念に打ち合わせをして乗り切っていたらしい。
…だが、それを久知河ひさちか達に知られてしまったのだそうだ。

「まぁ、約10年…影武者である事が表沙汰にならなかったのだから御の字だね」
「ならば、織葉おりは様の件は……」

葎名りつな様にとって義伯母にあたる織葉おりは様は、病気療養に入るという話の数年後に離縁となってしまっている。
それについて訊ねると、顔を俯けた葎名りつな様は教えてくれた。

「…陛下は気づかれたんだ、織葉おりは様に盛られていたの存在に。だから、守る為に離れる選択をした」

しかし、結果として守るどころか連中に手を下させる隙を与えただけだったという……信用できる者達に護衛を任せていたのに、だ。

「何処にも属していないだろう者達を選んだというのに、知らぬ内に何人か入れ替わっていた上に寝返った者もいた……」

狂気に飲まれかけ、正気を失い始めた淑女を玖苑くおんの郊外にある――彼女の実家が元々所有していた別荘に、療養という名の保護をしたというのに。
この事態に気づいたのは葎名りつな様が信頼している医師のひとりで、なんとか事態を打開しようと準備していたところであのような事件が起こったらしい。

……でも、葎名りつな様は倉世くらせ達のやっている事を知っていたのではないだろうか?
それについて訊ねると、葎名りつな様は苦々しげに答えた。

「知っていたよ…鈴亜れいあ殿下も、私も。むしろ、あの実験を隠れ蓑に…義伯母上の救出を計画していたのだから」

――鈴亜れいあ殿下というのは、この国の第二王子だ。
つまり、あの事件が起こらなければ…鈴亜れいあ殿下の庇護下に、織葉おりは様は入れたのだろう。

「彼らは、強大な力を欲していたからね…目くらまし位にはなるかと思い、珠雨しゅう教授達に協力を頼んだんだ」

だが……まさか研究所併設の医院にて『試験薬』が誰にも気づかれないよう散布された上、医院に訪れた見舞客の身体に付着した『もの』が玖苑くおんの至る所に運ばれてしまい……あの悲劇は引き起こされてしまった。
そして、その悲劇に自分達がとどめを刺した…というわけか。

思わず呟いた俺の言葉に、葎名りつな様や斐歌あやうたは反応しなかった。
もしかすると、彼らも答えられなかっただけなのかもしれない……


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