12話:永久の闇への旅路

部下達に母娘おやこを任せ、他に生存者がいないか捜索する……もちろん、正気である者だけをだが。
しかし、何処を探しても生き残った者の姿はひとりも見つけられなかった。

(……やはり、あの爆発で何も残らな――は?)

周囲を探りながら歩いていたのだが、思わず足を止めて二度見してしまった。
ほとんどが倒壊している中、どういうわけかひと部屋だけほぼ無事に残ったようだ。
周囲は瓦礫ばかりなので、ここが何であったか…一瞬わからず思い出すのに時間がかかってしまったが、管制室だったなと思い出せた。
どういうわけか、中から扉を叩く音だけがしているのに――何故か、扉は固く閉ざされたままである。

(扉が開かない…というか、ドアノブ自体が壊れているのか?)

何か道具があれば扉や壁を壊せるだろうが、残念な事に今使えるような道具を持ち合わせていなかった。
中の声はわずかにしか聞こえず、こちらの呼びかけもおそらく聞こえないだろう。
管制室ここにいる者達の救助は諦めて、俺は他を探す事にした。

しばらく歩くと、元々は受付ロビーだっただろう場所に辿り着いた――もちろん、ここも屋根が崩れ落ちて見晴らしの良い状態なのだが。
その……瓦礫以外何もないこの場所に立つ人影を見つけて、気配を消しながらゆっくりと接近する。

遠目からでも判断できたのだが、そこにいたのは秘密警察のトップである夕馬ゆうまだった。
何をしているのか様子をうかがっていると、彼はひとり宙を眺めながら何やら考え込んでいた。
……どうやら、こちらの気配に気づいていないらしい。

一瞬で間合いを詰めた俺は夕馬ゆうまの背後に立ち、軍服の襟首を思いきり引いた。
いきなり襟首を引っぱられ苦しそうに呻いた夕馬ゆうまが、襟首を掴む俺の手を瞬時に振り解いて腰につけたナイフに手を回す。
斬りかかられても避けれるよう身がまえたが、彼はすぐに俺であると気づいたのかすぐに動きを止めた。

「ごほっ…なんだ、お前か。いきなりは驚くだろー…ったく」
「…油断しているからだろ?」

思わずじと目で相手を睨みつけてしまったが、こちらは悪くないだろう……
――それよりも、あの夕馬ゆうまが完全に油断しているのは珍しい。
こちらがそう考えているのに気づいたのか、夕馬ゆうまは小さく舌打ちしてひとりごちる。

「あー…やっぱ、白季しらきが弱ってるせいで力半減してんだなー。別の方法でやればよかったか、はぁ……」

一瞬、彼が何を言っているのか――力が半減してしまった、という言葉の意味は理解できなかった。
だが、似たような言葉を倉世くらせが言っていたような……という事は、夕馬ゆうまもそうなのだろう。
ならば、理事長にこちらが会いたい旨を伝えてもらおうか。

考え込む俺の様子を、訝しげにうかがっている夕馬ゆうまは首をかしげた。

「……どーしたんだ?」
「いや、何でもない…んだが、ひとつ訊きたい」

不思議そうな表情を浮かべている夕馬ゆうまに、俺はとある事を確認する。

「――お前は、《闇空の柩》の者か?」
「…………」

俺の言葉に一瞬視線を鋭くさせた夕馬ゆうまだったが、すぐににっこりと笑みを浮かべた。

「ほぉー、倉世くらせから聞いたのか…まぁ、お前には教えるんじゃないかなとは思ってたけど。で、俺に何が訊きたいんだ?」
「近いうちに、学舎の理事長である真宮まみや氏に会いたい……連絡してもらえないか?」

……何故か理事長の名を口にした途端、夕馬ゆうまは嫌そうな表情を浮かべる。
一応、アポイントを取ったつもりなのだが……彼は「やばっ、意外に早くその時が来た」などと呟いているので、何か不都合でもあるのか?と首をかしげた。

「あー…いやいや、そういう意味じゃなくてなー。こっちの事だから…うん、伝えとくわ」

疑問に思っていると、夕馬ゆうまは首を横にふって否定する…が、その顔色は少し悪い。
だが、伝えてもらえるのならば後日会う事ができるだろう。

「あー…来るなら、翌日にしてもらえると助かるかなー。じゃあな!」

それだけ言うと、夕馬ゆうまの姿は一瞬で見えなくなってしまった。
一瞬で姿を消す……一体、どのような動きをしたらできるのかと未だに不思議でならない。
首をかしげる俺の視界に一瞬、赤い服を着た少女が映ったような気がした…見回しても、その姿は見つからなかった。




夕馬ゆうまと別れてすぐに港の入口へ向かうと、すでに部下達が母娘おやこと共にやって来ていた。
――だが、何か言い合っているような雰囲気でもある。

「…どうしたんだ?」

あまり騒いでいるのはまずいので、急いで彼らに声をかけた。
部下達の話によると、どうやら樟菜くすながここに残ると言っているのだという……音瑠の説得にも、首を縦にふらないそうだ。
俺も樟菜くすなにここに残る事の危険性など説明し、説得を試みたのだが…彼女は申し訳なさそうに首を横にふって口を開いた。

「……今回の、事件の発端は間違いなく私達夫婦にもあるんです。娘だけを助けてください……私も、この生命をもって償いたいのです」
「そんなっ……」

母の願いを聞いた音瑠ねるは悲痛な叫びをあげた。
嫌だ、というように首を横にふる娘の身体を樟菜くすなが優しく抱きしめてなだめている。
……この場合、下手に説得すると頑なになるパターンだろうな。

彼女の意志は固いが、だからといって見殺しにするわけにもいかない――ならば、俺達やここにやって来るだろう部隊に任せるのではなく適任なところがある。
むしろ、こういう時に取り締まるのが本来の任務なのだからあちらに任せよう。

悲観し合う母娘おやこに、俺は一緒に来てもらえるよう言葉をかけた。
死ぬだけが償いじゃない…担当する者のところへ案内するので一緒に来てもらえないだろうか、と――

こちらの説得に、悩んでいる様子の樟菜くすな音瑠ねるも懇願する。
一瞬視線を彷徨わせた樟菜くすなは、伏せ目がちに頷いた……だが、おそらく納得まではしていないだろう。


……こうして、俺達は調査にやって来るだろう部隊に見つからないよう身を隠しながら移動した。


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