11話:先に行く者と逝く者

「…ぁ、『贖罪の儀』が――」

異変に気づいて一瞬身体をビクつかせた、サイズの合わない軍帽を被った少女が〈隠者の船〉ブリッジの天井を見上げる。
世界を廻る力の流れに変化があった事を、彼女は敏感に感じ取ったらしい。

「無事、おこなったようだな…ならば、急いだ方がいい――でないと、またやらないといけない羽目になるぞー」

少女の傍らで作業を見守っていた黒髪の軍服の青年が言う…彼らの祈りを無駄にできない、と。

「っ、わかってるから…夕馬ゆうま、これ邪魔だから返す」

頷いて答えた少女は被っていた軍帽を青年・夕馬ゆうまに投げ渡して、キーを素早く打っていく……〈隠者の船〉を崩壊させる為に。
そして、1分以内ですべて打ち終えた少女は立ち上がった。

「よし、終わったー!!」
「お、早いな…紫麻しあさ、脱出するかー」

夕馬ゆうまは感心したように笑うと、少女・紫麻しあさを抱きかかえて〈隠者の船〉からの脱出を試みる――あまり時間をかけてしまえば、別部隊からの邪魔が入る可能性もあるからだ。
脱出の為に、半壊した搭乗橋を目指して本気で走る夕馬ゆうまに必死でしがみついた紫麻しあさはため息をついた。

ごく短い期間に、何人もの知人を失ってしまった…それもこれも自分達〈神の血族古代種〉のごうのせいなのか、と。
同族であるならば再会もできるのだが、今回失った知人は〈狭間の者〉やただ人なのだ――別れを覚悟していたとしても、心は深く傷ついてしまうものである。

半壊した搭乗橋前に辿り着いた夕馬ゆうま紫麻しあさの目に映ったのは、倒れている軍服を着た2人の男と搭乗橋の向こうで絶望したような表情を浮かべたひとりの青年軍人の姿だった。
血だまりで倒れている2人の青年が着ている軍服の胸ポケットに挟んでいる赤い石のついたクリップ風のタグを取った夕馬ゆうまは、それを紫麻しあさに持っているように言うと勢いよく半壊した搭乗橋を渡る。
途中、紫麻しあさが目を回しているのか小さな悲鳴をあげていたが夕馬ゆうまは聞こえないふりを決め込んだ。

放心している軍人である青年の傍までやって来ると、夕馬ゆうまは感情の読めない声音で声をかけた。

「放心してっとこ悪いが、もし他に助けたい奴がいるなら早々に動いた方がいいぞー?できるだけ、ここから離れた…あー、あの辺りなら――ここにある喫茶店辺りまで行けば、多分大丈夫だと思うけど」

視線だけを夕馬ゆうまに向けた青年だったが、その言葉に返答しなかった…ただ、今の状況が自分の中で整理できずにいるらしい。
物心つく前からの友人を、罪を犯したとはいえ自ら死を選ばせるとは――

未だ混乱している様子の青年に、夕馬ゆうまは「仕方ない…」と呟いて紫麻しあさを降ろすと彼の胸ぐらを掴んだ。

「その様子から察するに、ぜーんぶ知ったわけだよなぁ?滑稽なもんだ…自分でもそう思ってるだろーが、後悔は全部終わってからにしろよ」

そして、青年の耳元に口を寄せると夕馬ゆうま紫麻しあさに聞かれないよう低く囁いた。

「だから、あの時訊いたんだ……どうするつもりなのか、って。お前が俺の誘いを断った時点で、この結末は決まったようなもんだった…なぁ、七弥ななや殿?このまま倉世くらせの願いを無にすつもりか」

頑なに何も語ろうとしなかったというのに倉世くらせはすべてを明かした、その意味がわからないのかと――

青年・七弥ななやから手を放した夕馬ゆうまが、軍帽の鍔で目元を隠しながら言葉を続ける。

「悪いが、何ひとつこの地に残せねーんだ…別れを告げるんなら短時間にしておけよ。んじゃ、俺らはもう行くから」

相手からの返事を一切待たず、夕馬ゆうま紫麻しあさを再び抱き上げるとそのまま去っていった。




「なーんか、説明が足りなかった気がするけど…あの人、大丈夫?」

足早に行く夕馬ゆうまの腕の中で、紫麻しあさは首をかしげる――これから自分達がおこなう事を、何ひとつ伝えていないので心配になったらしい。
そもそも何をするか教えて大丈夫な相手かどうか判断できなかったので、先ほど彼女は口を挟まなかったようだ。

自分が伝えられない分…相手とは顔見知りらしい夕馬ゆうまが代わりに伝えてくれるのか、と考えていたのだが――

「あはははー、大丈夫だって…多分?それよりも、倉世くらせ右穂うすいタグそれ…ここを離れるまで、しっかり隠し持ってろよー」
「わかってる…ったく、話をはぐらかしおって――あーあ、こんなにきれいな建物なのに…もったいない気がするなぁ」

笑いながら話題を変えた夕馬ゆうまを、じと目で見ていた紫麻しあさはため息をひとつついて周囲の景色に目を向けた。

通常であれば、白を基調とした清潔感のある建物だったであろう……今は、不穏な雰囲気と血の匂いなどする場所と化している。
そのような状態にした一端を担ったのが、自分達…《闇空の柩》であるのは間違いないだろう。

「そーだな…だからこそ、俺らが始末をつけないといけないんだ」

紫麻しあさの言葉に同意した夕馬ゆうまは、寂しげに呟いて口元をきつく結んだ。


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