10話:贖罪の行方

後から合流するであろう者達を待つ為、時たまやって来る狂った人間を倒しながら彼らはその場に待機していた。
といっても、紫麻しあさ理矩りくと合流して30分くらいしか経っていないのだが。
〈隠者の船〉から倉世くらせ達が降りてくるのを待っているのだが、待ち人は未だやって来ず……
何かあったのではないのか、と心配になり始めた時、〈隠者の船〉の方から何者かがこちらにやって来る気配に気づき全員が警戒を強めた。

――しばらくしてやって来たのは軍帽を深く被る軍人の青年と、彼に担がれている白っぽい服を着た青年の2人だ。
よく見ると白っぽい服を着ている青年はどこか負傷しているのか、服や白金髪に血がついていた……

「いや~、ちょっと油断したわ…まさか『贖罪の儀』をするとは思わなくてなー、あはは」
「あはは、じゃないって!まさか、やり遂げさせたのっ!?」

驚きながら駆け寄ってきた紫麻しあさに、軍帽を被る軍人の青年は開いている方の手を左右にヒラヒラ振って答える。

「大丈夫大丈夫、そこはきちんと止めたから…そういや、紫麻しあさがいるって事は冬埜とうやもいるよな?」
「まぁ、いるけど…夕馬ゆうまの大丈夫って、あまりあてにならないからなぁ――で、何があったの?」

視線だけを白っぽい服を着た青年に向けている彼女は、軍帽を深く被っている軍人の青年・夕馬ゆうまに訊ねた。
軍帽の鍔を少し上げた夕馬ゆうまは、何があったのかを簡単に紫麻しあさ達に説明する。

その説明を聞いた紫麻しあさが呆れたように、笑っている夕馬ゆうまに向けて言った。

「…あー、つまり君は一瞬どうするか迷ったわけね」
「あはは…おかげで、すごく痛くてなー」
「自業自得です、まったく……九條くじょうが戻ってきたら白季しらきと一緒に説教決定だね」

マジか…と項垂れる夕馬ゆうまの様子に、紫麻しあさはため息をつく。
――まぁ、説教されても反省しないだろうな…と密かに思ったようだ。

「あー…そうそう、倉世くらせ達は来ないと思うぞ?」
「…いや、それは一番に言ってほしい!」

思い出したように告げた夕馬ゆうまに、思わずツッコミを入れた紫麻しあさは白っぽい服を着た青年・白季しらきを抱えていない方の腕を軽く叩いた。
叩かれたにも関わらず笑っている夕馬ゆうまに、彼女と白季しらきは呆れたように頬をひきつらせた。

…とりあえず、待ち人である倉世くらせ右穂うすいが来ないのならばここで待つ必要はないだろう。
そう判断した理矩りく知治ともはるに小声で何かを囁いて、この場にいる者達に声をかけた。

「…では、移動しましょう。向こうで塑亜そあ様達がお待ちのようです」

理矩りく知治ともはるの2人が警戒する中、今いる者達で移動をはじめる。
……あまり距離が離れているわけではないが、今この港内は危険な状態のままなのだ。
――だから、警戒するにこした事はない。




しばらく移動して辿り着いたのは、新たに停泊した飛行艇へ続く搭乗橋の前だ。
その入り口に立っていたのは……

「遅かったな、理矩りく
「申し訳ありません、塑亜そあ様…」

白衣を着た男・塑亜そあに、理矩りくが頭を下げて謝罪する。
理矩りくの謝罪に頷いて答えた塑亜そあは小さく息をつくと、視線を理矩りくから夕馬ゆうまへうつした。

「はぁ…一発当てろとは言ったが、白季しらきに当てるよう言った覚えはないのだが?」
「あはは、そんな気がしたから責任をとっておいたぞー」
「えー…僕を止めるのが目的じゃ、なかったの…?」

塑亜そあの怒りに気づいた夕馬ゆうまは笑いながら答えるが、それを聞いた白季しらきは呆れた様子で小さく呟いた。
まさか、半身である夕馬ゆうまが自分を止める目的以外の理由も持っていたとはさすがに白季しらきも考えなかったらしい……

後日、夕馬ゆうまには別の仕置きをしてやろう…と密かに考えた塑亜そあは、近くで待機している冬埜とうやの部下達にストレッチャーを持ってくるよう指示した。
一分くらいしてストレッチャーが運ばれてきたので、そこに白季しらきを寝かすよう夕馬ゆうまに声をかけた塑亜そあ理矩りくから事の成り行きを聞いてため息をつく。

「ため息をつき過ぎると、幸せが逃げるって言うけど…塑亜そあ、それ何度目?」
「…もう数え切れん」

少し現実逃避しながら訊ねる紫麻しあさに答えた塑亜そあは、夕馬ゆうまの首を背後から腕で締めた…もちろん、半ば本気で。
ギブギブと塑亜そあの腕を叩いている夕馬ゆうまを無視する塑亜そあが、飛行艇からこちらに向かって来る人物に気づき声をかける。

冬埜とうや、すまないが…出発前に、白季しらきを診てもらえないか?」
「…あー、なるほどね。まったく、余計な仕事を増やしてくれたねぇ…君達」

白季しらきが横になっているストレッチャーを後目しりめに答えたその人物――冬埜とうやは困り顔な紫麻しあさのそばに行くと、彼女の頭を優しく撫でた。
そして、飛行艇の入口で待機している腹心の部下に向けて命じる。

朔人さくひとストレッチャーこれを運んだ上で治療の準備も頼む…夕馬達これらに指示をだしたら、すぐ向かう」

了解という返答と共に現れた零鳴れいめい国の軍人の青年が、ストレッチャーを押して飛行艇の方へ戻っていった。
それを視線だけで見送った冬埜とうやはそばにいる紫麻しあさの両耳を手で塞ぐと、声のトーンをひとつ落として口を開く。

「あまり時間がないから、手短に言うよ…いいね?」

全員――耳を塞がれ何も聞こえていない紫麻しあさ以外が頷き返事したのを確認した冬埜とうやは言葉を続けた。

それぞれの役割を再確認した者達は、行動を開始する…起こってしまった、この悲劇を終わらせる為に。




港内ここで何か起こったとしても、しばらくは混乱の中だろう。

例え、事件のすべてが露呈したとして誰が信じるというのだろうか……〈神の血族〉の存在が関係している、と。


永い時が流れた為、忘れられ…空想の存在であると考えられている〈神の血族古代種〉。

…彼らが実際に存在しているのを、夢物語だと思っている人間達は誰も知らない――

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