10話:贖罪の行方

ピンク色の髪を後ろで緩く結った女性は、飛行艇の出入口付近で驚愕した表情のまま立っていた。
彼女にはひとり娘がおり、この飛行艇に共に乗っているのだが…用事を済ませラウンジへ戻ると、娘の姿は何処にもなかったのだ。

娘を探してここまでやって来たが、そこで彼女は見つけてしまったのだ…十数人もの軍人が血だまりの中で息絶えているところを――

「これを…私…」

震える手を口元にあて、半歩後ろに下がった女性は小さく呟いた。
よろめき、壁に手をついて呆然としていると背後から靴音が聞こえ……彼女は身体をビクつかせる。

ゆっくりふり返ると、そこにいたのは――

「ぁ…音瑠ねる

娘の無事な姿を見て、彼女はゆっくりとその場に座り込んだ。
どうやら娘は、こげ茶色の髪の軍人の青年と共にいたのだと気づき「お母様!」と抱きついてきた娘の頭を優しく撫でてほっと息をつくと彼に礼を述べた。

「娘を保護してくださり、ありがとうございます」
「いえ…貴女もご無事で安心いたしました」

青年は安堵した表情を浮かべ頭を下げる――このような事態に巻き込んでしまい申し訳ありません、と。
彼の名は七弥ななやというのだと、娘に教えてもらっていたのを思い出した女性は七弥ななやの謝罪を受けていた。

…だが、彼女は七弥ななやの謝罪を聞きながら少し前の出来事を思い出す――
それは今から数時間くらい前、彼女がある人物・・・・に会って話をした時の事を…

騒ぎに巻き込まれた娘・音瑠ねる七弥ななやがラウンジに送り届けてくれた時、母である彼女は何処かに行っていた。
彼女はすぐに戻ってきたのだが、何処に行っていたのか問う娘に、「お手洗いに」と答えたのだが本当は違う。

…この時、彼女は古くからの知り合いに会っていたのだ。



「――あぁ、なんだ。やはり君だったか…」

怪しげな笑みを浮かべる白衣の男に、彼女は困惑しながら頭を下げた。

樟菜くすな…あの時以来、かな?」
「…まさか、貴方なの?走水そうすいさん…それに、やはり・・・って――」

樟菜くすなが疑問を口にすると、白衣の男・走水そうすいは肩をすくめて答える。

「いや、玖苑の街で見かけたからね…いるのではないかな?と思っていたんだよ。それに、おそらく協力者にされるだろう事も予想していたさ」
「…娘の事を盾にされたのよ、仕方ないじゃない。それよりも、何がどうなっているの?」
「そうだろうね…私と面識がある上に、娘さんの生命を盾にすれば君を動かせるわけだから…」
「えぇ、そうよ。私に拒否権はなかったもの…それで、あの時私に何を届けさせたの?それくらい知る権利はあるでしょう?」

何かを考え込んだ走水そうすいは、ひとり言のように呟いた。

「うーむ…まぁ、君はと同じで口が堅いのはわかっている――私の正体を知りながら、誰にも言っていないようだからね」
「当たり前よ…それを口にすれば、亡くなった夫の事も言ってしまうようなものじゃない。わかっているでしょう?」

樟菜くすなが眉をひそめて言う…それだけは娘に知られたくないのだから、と。
それを聞いた走水そうすいは苦笑しながら口を開いた。

「まぁ、そうだろうね…私としても、友人の忘れ形見をこれ以上巻き込もうなどと考えていないからね」
「…そうしてくれると嬉しいわ。それで、話を戻すけど…私に何を届けさせたの?あの女性は誰?それに、知草ちぐさ様って…」

走水そうすいと会う少し前、樟菜くすなはとある部屋にいた淑女に濃い紫色の髪の軍人から渡された何か液体の入った『小瓶』を届けたのだ。
あの淑女は、この飛行艇に乗った時から様子がおかしかった…だから安心させる為にと、『小瓶』と共に言伝ても伝えた。
だが…その後、何処かで酷い騒ぎが再び起こったわけである。

それについて訊ねる樟菜くすなに、走水そうすいは口元に笑みを浮かべて答えた。

「それこそ、君は知らない方がいい…まぁ、言える事は上の方の騒ぎだとしか――それより、何を私に伝えるよう言われたのかな?」
「……これよ、知らない軍人が私に手紙を渡してきたの。これを貴方に渡せ、と言われたわ」

ポケットから取りだしたのは、娘が戻ってくるのをラウンジで待っていた際に『小瓶』を持ってきた軍人とは違う軍人が手渡してきたものだ。
そして、時間と場所を教えられ行くように伝えられたのだと樟菜くすなは言う。

手紙を受け取った走水そうすいは、それを読まずに胸ポケットに入れた。

「ふむ…それだけなら、君はそのまま知らぬ存ぜぬでいけるだろうね。どうせ、君達親子はこの国を出るのだろう?」
「えぇ、これ以上この国にいたくないもの…このままでは、娘の身が危ないわ」

忌々しげに呟いた樟菜くすなは、視線を下げて床を見つめる。
亡くなった夫の秘密がバレれ、妻である自分が罰せられるのは別に構わない…
だけど、娘の将来に悪い影響を及ぼしてしまうのだけは嫌だったのだ。

その事を理解できた走水そうすいは、これについてそれ以上何も言う事はなかった。
彼は小さく息をついて、樟菜くすなに声をかける。

「ならば、素知らぬ表情で大人しくラウンジにいるといい…そうすれば、外に出る事はできるだろう。君達親子の生命の保証を、私がしよう」
「そうして頂戴…それじゃ、娘が戻ってくるかもしれないから――」

片手を上げて樟菜くすなを見送った走水そうすいが苦笑している、そんな気配を背後で感じた。



「…さん、樟菜くすなさん!大丈夫ですか?」

呼びかけるような七弥ななやの声に、樟菜くすなははっと我に返った。
腕の中の娘も、不思議そうな表情を浮かべて母親の様子をうかがっているようだ。

「…いえ、何でもないわ」

首を横にふって答えた樟菜くすなに、七弥ななや音瑠ねるは不思議そうに首をかしげた。

(――どうするべきなの…せめて、娘だけは守りたいのに…)

目の前に広がる惨劇の跡、これを引き起こした一端が自分にもあるなんて…
だけど、あの時の走水そうすいの言動を合わせて考えれば嫌でもその事実を突きつけられてしまう。

思案する樟菜くすなを余所に、七弥ななやの誘導で樟菜くすな音瑠ねるの母子は飛行艇の外に脱出できた。
太い柱の陰にしばらく隠れているように言う七弥ななやの袖を掴んで、意を決した様子の樟菜くすなが口を開く。

「…貴方に聞いて欲しい事があるの」

七弥ななやなら、もしかすると娘だけでも助けてくれるかもしれない…
この時の樟菜くすなは一縷の望みをかけて、すべてを告白する事にしたのだ。

――これで、娘を守る事ができるならば…それだけを願って。


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