10話:贖罪の行方

「――ひとつ、文句が言いたい…」

そう呟いた黒髪の男は白衣についた埃をはたいて、積み上げられている何か・・の上に腰掛けた。
よく見ると、それは『薬』によって狂い襲ってきた軍人達の成れの果てのようだ。

「どうぞ…その前に、そのようなところに座らないでください。椅子じゃありませんので、一応」

そう答えたのは、黒髪の男の目の前にやって来た濃い灰色の髪をした無表情な軍人だった。
表情はまったくないが、諫めるような口調である。

黒髪の男が口を開こうとしたその時、すぐそばから唸り声が聞こえてきた。
どうやら、狂ってしまった軍人がまだ残っていたらしい…

無表情な軍人が襲ってきた者の首を瞬時に折ると、その骸を積み上げられている山のそばに投げ捨てた。
その様子を見ていた黒髪の男は、投げ捨てられた骸を横目に呆れたように息をつく。

理矩りく…何故、白季しらき夕馬ゆうまが一緒じゃない?それに、そこにいるのは――」

黒髪の男が視線だけで指した先…無表情な軍人・理矩りくの一歩後ろに立つ人物について訊ねた。

「確か……杜詠とよみ、だったな?どういう事だ…理矩りく、答えろ」
「――はい、塑亜そあ様…白季しらきさんに頼まれました。彼に資料を渡したのも白季しらきさんです」

自らの胸に手をあて恭しく頭を下げて答えた理矩りくに、白衣を着た黒髪の男・塑亜そあは深くため息をついた。

(あの白季しらきが託したという事は、この男は信用に値すると判断したからだろうな。しかし、ここまで状況が悪くなっては…もう少し、この国に拠点を置いておきたかったが)

ただでさえ、琴音ことねの件で自分達の存在が露見しかけたのだ。
この国から手を引いて、ほとぼりを覚ました方がいいだろう。
それに、白季しらきの事だ――あの資料を手渡すと同時に、『例の存在からくりの正体』を教えているだろう……まぁ、あんな発表をされてしまってはもう使えないが。

「わかった…理矩りく。付近に配下の者達がいるので、協力して狂った奴らを始末しろ…連中あれらを残しているとまずいからな」

塑亜そあの指示に頷いた理矩りくは、近くで戦っている配下にある軍人達の救援の為に音もなく向かっていった。
配下の者達に加勢している理矩りくを横目で見ていた塑亜そあが視線を、少し戸惑った様子の杜詠とよみへ声をかける。

「お前には2つの選択肢をやる。ひとつは全ての事に口を噤む事…もちろん、余計な行動ができぬよう監視させてもらうが。もうひとつは我らに――」
「誓いだて協力する事、ですね?私はこの世界を傷つけ、全ての罪を押しつけた者達の末裔…すでにこの心は決まっています」

この選択肢についても、彼は白季しらきから聞いていたのだろう…話が早くて助かるが。
資料ファイルを床に置いた杜詠とよみは、自らの胸に手をあてると片膝を立てた。

彼の答えに塑亜そあはゆっくり頷くと、ポケットに入れていた通信機を取りだす。
ボタンを押すと、小さなノイズ音と共にスピーカーから声が聞こえてきた。

『――…ぇ、何?誰?』
「珍しいな、起きていたのか…冬埜とうやは?」

この時間なら寝ているだろう相手が起きていた事に驚きながら、塑亜そあは訊ねた。
相手の声の感じから、まだ幼さの残る少女のようだが…

『――んー…もしかして、塑亜そあかな?冬埜とうやなら、今離陸の準備で指示しているから忙しそう…』
「という事は、まだ麟国へ向かってないんだな。それなら話は早い…冬埜とうやに、めい国の夢明むめいに来るよう伝えてくれないか?」
『――…いや、よくわかんないけど…めい国に寄れ、って事?』
「詳しい話は、お前達が夢明むめいの港に着いてからする…緊急事態だと伝えてくれればいい」
『――あー、うん…わかった。冬埜とうや、あのねー…』

通信機の向こうにいる少女が、マイクを押さえて傍らにいるらしい誰かに向かって塑亜そあからの伝言を伝えているようだ。
その誰かは青年のようで、何やら少女と話をしている様子だ。

少しして、少女が通信機のマイクから手をどけたのか…彼女の声が鮮明に聞こえてきた。

『――あと5分で出るから、少し待ってろだって。零鳴れいめい国からめい国まで20分くらいで行ける?から、近くまで来たらまた連絡するね』
「わかった、それまでにこちらも片付けておく…」

そう返事した塑亜そあはそのまま通信を切ると、狂い襲ってくる軍人を相手にしている理矩りくに声をかける。

冬埜とうやに連絡を取った。他国船の記録を残すわけにはいかないので、管制の方に細工をしてくる……冬埜とうや達が着く前にあらかた片付けろ」
「わかりました」

頷いて答えた理矩りくは、残り少ない敵の制圧をはじめた。
片膝を立てたまま様子をうかがっている杜詠とよみに、塑亜そあは立つように声をかけると指示をだす。

「おそらく、今管制は手薄になっているはずだ…手伝ってもらおうか」

間違いなく、この騒ぎで管制室の警備は手薄となっているだろう…一応、手の者が紛れ込んでいるとはいえ人手は足りない状況のはずだ。
そもそも、ここを封鎖する際もひと悶着あり……管制の責任者がこちらを怪しんでいるだろうと考えられる。
葎名りつなの名をだしたとはいえ、この状況では怪しまれて当然だ…自分が責任者の立場だったら、絶対に疑う。

そう考えた塑亜そあは、杜詠とよみに協力させる事を思いついたらしい。

(とりあえず、『これ』を使えば俺と杜詠とよみの安全は確保できるだろう…それに、本当に我らに誓っているのか判断できる良い機会でもあるな)

白衣のポケットに手を入れて何か・・を確認した塑亜そあが管制室のある方へ顎で指した。
杜詠とよみは頷いて答えると、塑亜そあと共に向かった。


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