9話:断罪の刃

ふらふらした足取りの、その人物は青年と目が合うと眉をしかめてから口元だけに笑みを浮かべる。

「こんなところで…七弥ななや隊長、どうかされたのですか?」
「お前は…」

いつもの調子である相手に対して怒りがこみ上げてきたが、それを悟られぬように七弥ななやは無表情なまま訊き返した。

「お前こそ、一体そこで何をしているんだ?そもそも、誰がお前の背後にいる?」

ほんの数時間前、自分が締め上げた時に誰かからの連絡を受けたそいつ――希衣沙きいさは、そのまま何処かへ行ってしまったのだ。
追う事もできたのだろう、が…あまりにも堂々としていた上に、事情を知らない杜詠とよみに引き止められたのでできなかった。
こんな事になるならば、夕馬ゆうま達に引き渡すなり始末なりすればよかったか……と、後悔めいた事を考えた七弥ななやは何も答えぬ相手に言葉を重ねて訊く。

「誰の命令で動いている?答えろ…」
「ふぅ…久知河ひさちか閣下ですよ、七弥ななや隊長。今の今まで、まさか本当にお気づきになられていなかったとは…面白い方だ」

おかしそうに笑った希衣沙きいさは、驚いた表情を浮かべる七弥ななやに向けて言葉を続けた。

「貴方は閣下から見れば、ただの傀儡なんですよ。それに、私は貴方の補佐役としてそばにいたのではない……ただ、殿下の意にそわぬ行動をしないよう閣下の命で監視していただけ」

それに玖苑くおんで生存者を保護する予定はなかったのだ、と希衣沙きいさは付け加えるように語る。

――久知河ひさちかとは七弥ななやの上官であり、第六王子・知草ちぐさの側近のひとりである。
そして、希衣沙きいさの言う『殿下』というのは……つまりそういう事なのだろう。

…元々、七弥ななや玖苑くおんへ行くよう命じたのが久知河ひさちかであった。
街で起こった事件の鎮圧および知草ちぐさの母親である織葉おりはを含む生存者を保護するように、と。
……だが、保護した生存者達を危険にさらした事すらも全て久知河ひさちかの命令であったと言う希衣沙きいさに対して七弥ななやは怒りを抑えられなかった。
――どうしても、それを信じられなかったのだ。

勢いのまま希衣沙きいさの胸倉を掴み、怒りで声を荒げながら訊ねる。

「嘘をつくな…だったら、何故俺にあの様な命令が――そもそも、『生存者を保護する予定はなかった』とは、どういう意味だっ!?」

希衣沙きいさは自らの胸倉を掴む七弥ななやの両手に触れると、息苦しそうな表情を浮かべたまま七弥ななやを投げ飛ばした。
受け身をとった七弥ななやだったが、まだダメージの残る身体ではすぐに動く事ができず……

襟首を直した希衣沙きいさは、仰向けに倒れている七弥ななやの胸に片足をのせた。
そして、七弥ななやの頭に銃口を向けて答える。

「それは、ただひとつを手に入れる為――七弥ななや隊長…その為に、貴方に向かわせたんですよ。連中の目が、貴方の方へ向くように…」
「……」

希衣沙きいさの言葉に、七弥ななやは驚いたように目を見開いて向けられた銃口を静かに見つめながら考えた。
確かに、自分は玖苑くおん医院の秘密を久知河ひさちかから教えられ…そこへ希衣沙きいさをはじめとする部下達を連れて向かったのだ。

――連中の目を自分へ向けさせる為、と言うが…一体何を手に入れようと、自分を利用したのか?
そして、希衣沙きいさの行動が何を意味しているのか?
久知河ひさちかにとって、自分は用済みとなったのだろうか?

(ご丁寧に、いろいろ教えてくれるものだ…最期の手向けのつもりか?)

だとしたら、非情に腹が立つ状況だ…と考えた七弥ななやは、刺し違えてでも希衣沙きいさを止める覚悟を決めた。
いや……自分がこのまま殺されてしまってはあの親子を助けられないではないか。

それに、倉世くらせを見つけられぬうちは死ぬわけにはいかない…
全てを知った今なら、あの時に問われた言葉に答えられる。
答えを導き出すのに、かなり時間がかかってしまったが……

まぶたを閉じた七弥ななやの様子に、口元に笑みを浮かべた希衣沙きいさは撃鉄を起こしゆっくりと引き金に指をかけた。

一か八か、と考えた七弥ななやは自らの胸に置かれた希衣沙きいさの足首に触れる。
そして、まぶたを開けると同時に希衣沙きいさの足を持ち上げてから銃を持つ方の腕に足をかけて強引に引き倒した。
――人並み外れた運動神経をしている七弥ななやだからこそできた荒業なのだろう…

引き倒された衝撃で引き金を引いてしまった希衣沙きいさであったが、狙いは大きく外れて天井に小さな穴を開けてしまっただけだ。
仰向けに倒れた希衣沙きいさを横目に、素早く起きた七弥ななやは硝煙が立ちのぼったままの銃を希衣沙きいさの手から奪い取った。

「…己の力を過信しすぎたか、希衣沙きいさ?」

冷たく希衣沙きいさを見下ろした七弥ななやは、奪い取った銃の残りの弾数を確認しつつ続ける。

「それとも、俺が手負いだから勝てると考えたのか?ベラベラ喋ってくれるが、お前は肝心なところを何も教えられていないんだろう…おそらくは」
「……」

何も答えない希衣沙きいさに、呆れと侮辱を含みながら七弥ななやは言う。
…もちろん、銃口を希衣沙きいさへ向けたまま――

「俺が久知河ひさちかの傀儡だと言うが、お前は状況を混乱させる為の道化に過ぎないだろう」

希衣沙きいさの、今までの行動を総合的に考えても…おそらく使い捨ての駒のひとつで間違いないだろう。
もし、計画が失敗して自分や希衣沙きいさの生命が失われたとしても久知河ひさちかは何も痛まない。
それに、何を目的とした計画なのか……その大半ともいうべき内容を、希衣沙きいさ自身も知らされていないのだろう。

だから何も反論できずにいるんだろうな、と七弥ななやは思った。
――例えそうだったとしても、今までの行動すべてを赦す事はできない。

希衣沙きいさ久知河ひさちかは何を狙っている?『連中の目を俺へ向けさせる為』だとお前は言ったが、それは何者なんだ?」

計画の大半は何も聞かされていないだろうが…それくらいは調べるなりしているだろう、と考えた七弥ななやはゆっくりと撃鉄を起こした。
いざとなれば、手に持つコレ・・に頼ればいいだろうとも考えたのだ。
自分が不利な状況である事ぐらい、希衣沙きいさもわかっているだろうから……

小さく舌打ちをした希衣沙きいさ七弥ななやと向けられている銃口を交互に見やりると、しばらく思案を巡らせてからゆっくり口を開いた。

希衣沙きいさから聞かされた、その内容に……
そして何故、希衣沙きいさがこういった行動にでたのか――

それらを知った七弥ななやは、ただ愕然とするしかできずにいた。


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