9話:断罪の刃

玖苑くおんの研究所から盗みだされた資料の一部と走水そうすいの身分証などを入手した俺達は、あの隠し部屋を去った。
あの状態の走水そうすいを放って置くのは、少々気が引けるけど、今はそれどころでない上に時間もない。
…自分でなんとかしてもらおう。

それよりも、走水そうすいから奪ってきた『これら』を七弥ななやに渡し……本当に何が玖苑くおんの街で起こったのかを知ってもらわなければ。

あの時、アイツと対峙した際に問うた言葉――俺は、あれの答えを聞かなければならないのだから。

七弥ななやを寝かせている、あの部屋を目指して足早に向かう途中……織葉おりは様の亡骸に視線がいった。
俺達との戦いで乱れていた衣服は整えられ、両手を胸の辺りで組まれた状態で横たわっているのだが……一体誰が、死者に敬意を払ってくれたのだろうか?

そう考えてすぐに七弥ななやの顔が思い浮かんで、気がつけば俺は歩みを止めていた。
もしそうならば、アイツはすでに目を覚まして……つまり、もう移動しているという事だ。

俺が立ち止まったまま動かない事に気づいた右穂うすいは戻ってくると首をかしげた。

「…どうかされましたか?」
「いや…七弥ななやは、もうあの部屋にいないんじゃないかと思ってな」

そう思った理由を述べると、右穂うすいが少し考え込んでから頷いて答える。

「だとしたら、一体何処へ移動したか…ですね。もしかすると、あちらはあちらで我々を探している可能性もありますが」

確かに、右穂うすいの言う通りかもしれないな…と、俺も考えていた。
思っていたより回復の速かった七弥ななやは、あの部屋を出て――おそらく、織葉おりは様を追おうとして亡骸を見つけた。
殺めたのが俺達である、と考えるのが普通だろう……

そもそも、アイツがここまで来たのは…姿が見えない俺達を探してたからだろうしな。
こうなると、何時いつまで経っても出会えない状況になってくる可能性も……というか、ここの設計からしてほぼ間違いなくなる。

右穂うすいと共に、どうしたものかと思考を巡らせていたら誰かの足音がこちらに近づいてきているのに気づいた。

「なっ、織葉おりは……」

初め、七弥ななやがここに戻って来たのか…と思ったんだが、織葉おりは様の亡骸に気づいたその何者かの声で違うとわかった。
この声の主は、杜詠とよみ――医師であり、そう…あの『薬』についてもよく知る研究者のひとりだ。
彼の、その手には分厚いファイル一冊を抱えるように持っていた。

杜詠とよみが亡骸をさっと調べ、小さく息をつくとひとり言のように言葉を紡ぎだす。

「…織葉おりはは3歳になったばかりの我が子と引き離され、その事が原因で塞ぎ込んでいたんだ。だが、自分を支えてくれる者達の為にもと気丈に振る舞って日々を過ごしていたんだが――」

この国の、とある貴族達が仕掛けた罠で織葉おりは様の実家は没落し…すべてを失う事となったらしい。
…もちろん、肉親の生命さえも。
後ろ楯を失った織葉おりは様の存在をも厭ったそのもの#]達が様々な噂をたて、彼女を表舞台から引きずり降ろそうとしていたそうだ。

あまりにも酷い内容に心を痛めているだろう織葉おりは様を療養させる為、陛下が玖苑くおんにある別荘を購入したらしい。
…そこは、織葉おりは様の実家が所有していた別荘であった。

「…だが、それが療養という名の軟禁だと言われていた。私や彼女の主治医である知人も尽力してみたが、まったくの無力でしかなかった」
「何故…そこまでして、織葉おりは様を排除しようとしていたんだ?」

ふと、そんな疑問が浮かんだ俺は杜詠とよみに訊ねる。

陛下は罠を仕掛けてきた貴族達から、第五妃を守ろうとされたのだろう。
だが…婚儀の一年後には、離縁されるという真偽不明の報道もされていた。
おそらく、噂を流した貴族達がそういう情報を報道関係者に流した結果なのだろうが――それを陛下が否定も肯定もされなかったというのも、今思えばおかしな話ではある。

こちらを振り向いた杜詠とよみが、声を潜めるように俺の疑問に答えた。

「それはな…私達の研究していた内容ものに関係していたんだ。実は、織葉おりはの実家にな…」

この世界の…南半球にあったいくつかの大陸を消し飛ばしたものと同等レベルのものが、織葉おりは様の実家地下に隠されているそうだ。
隠したのは織葉おりは様の先祖らしいのだが、その名を杜詠とよみに訊ねてみると塑亜そあ先生が授業の中で話していた人物であった。

つまり…その力を欲した者達によって、織葉おりは様の一族が罠にはめられたという事になる。
綺乃あやのも、それに加担していたようだが…どうして――

新たに浮かんだその疑問が表情に出てしまっていたのか、杜詠とよみは頷いてから口を開いた。

「知草の事を言っているんだろう?普通では考えられない…いや、考えたくない事だが――」

俺達が辛うじて聞きとれるくらいの小さな声で答えた杜詠とよみは、伏せ目がちに横たわる織葉おりは様の躯に目を向ける。
杜詠とよみが小声で語ったのは、おそらく何処に誰の耳があるかわからないからだろう……

もし、杜詠とよみの言う『それ』が本当ならば…玖苑くおんで起こった事以上の悲劇が引き起こされるだろう。

「…倉世くらせ、お前はこれからどうする?」

大体の事情を理解した俺に、杜詠とよみが訊ねた。
俺も同じ事を訊き返すと、彼は塑亜そあ先生と合流して行動を共にするつもりだ、と答えた。

少し考えてみたが、俺のすべき事は決まっている
――それを、杜詠とよみに伝える。

「…俺は七弥ななやを探し、全てを話すつもりだ。もしかすれば、連中の計画を止められるかもしれない」
「そうか、わかった。塑亜そあ博士にも、そう伝えておく……あぁ、そうだ」

そう答えた杜詠とよみが何かを思い出したように、手に持つ分厚いファイルを見せながら言葉を続ける。

「これも、塑亜そあ博士に渡しておくので安心しろ…それと、だ。さすがの私も、狐につままれた気分だったぞ」
「…は?」

何の話かわからない俺の耳元に苦笑して囁いた杜詠とよみは、そのまま塑亜そあ先生と合流する為に行ってしまった。
囁かれた言葉の意味を理解した俺は、思わず笑うしかなくてな…
おかげで、せっかく持っていた緊張感がなくなってしまったじゃないか。

――そもそも、誰だ…機密級の事を、杜詠とよみに教えたのは?
まぁ、もうすぐそれは機密でもなんでもなくなるのだから…大した問題ではないか。

そういえば、あの分厚いファイル――あれはあの研究所にあった資料の原本のようだったが、どうして杜詠とよみが持っていたのだろうか?

それも訊ねてみればよかったか、と今更ながら思っていると……何処からか、銃声のようなものが聞こえてきた。
一体、何処から聞こえてきたのか…わかりかねていると、もう一度同じ音が飛行艇内に響き渡る。

倉世くらせ様…多分ですが、あの隠し部屋からでは……」

二度目の銃声の時に、耳をすませていたらしい右穂うすいが知らせてきた。
耳の良い右穂うすいの言葉なので、おそらく間違いないだろう……

しかし、隠し部屋といえば…先ほどまで俺達のいた、走水そうすいが隠れていたあの部屋の事だろう。
今の状態の走水そうすいに、銃を撃つ体力はおそらく残っていなかったはずだ。

だとしたら、一体誰が――


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