9話:断罪の刃

肩を軽く鳴らした夕馬ゆうまは、本当に面倒くさそうな表情を浮かべるとやる気なさそうに構えた。
そして、大きくため息をついて希衣沙きいさとの間合いを素早く詰めると肘打ちを繰り出す。
一気に間合いを詰められたせいで一瞬怯みかけるが、相手の攻撃を肘で防ぐとタイミングを見て相手の腕をとって投げ飛ばそうとした。
しかし、夕馬ゆうまの動きの方が少し早く……腕を拘束されているのを物ともせず、軽やかに跳ねて希衣沙きいさの首に足をかける。

一瞬の出来事であった為、希衣沙きいさは防げず…そのまま後ろへ倒されてしまった。
希衣沙きいさは背中を強打した衝撃で、夕馬ゆうまの腕から手を放してしまう。
拘束から逃れられた夕馬ゆうまは立ち上がると、倒れたまま動かない希衣沙きいさから離れ……

夕馬ゆうまっ!」

慌てたような白季しらきの声が聞こえたと同時に、夕馬ゆうまの身体は壁へとたたきつけられた。
咄嗟に受け身の態勢をとったとはいえ、かなりの衝撃で…すぐには立ち上がれず。

「いてて…まったく、びっくりするだろー?」
「ふん、あんたが油断しているからだ…」

頬を拭った希衣沙きいさが、横たわる夕馬ゆうまを見下ろしていた。
どうやら、夕馬ゆうまの隙をついて蹴り飛ばしたようだ。

夕馬ゆうまの様子で、大したダメージは受けていないのを確認した白季しらきが安堵しながら口を開いた。

「…夕馬ゆうま、ダメだよ。遊びだったとしても本気でしないと…それと、わかってると思うけど」
「あははは、わかってるって…程よく、強かにやればいいんだろー?すぐ終わらせるから、ちょっと待ってろよー」

笑いながら立ち上がった夕馬ゆうまは、白季しらきに向けて親指をたてる。
この余裕な様子に、希衣沙きいさは舌打ちして彼を睨みつけた。

(…二度も同じ手は使えない。ならば、耐えながらヤツの隙をまた見つけるしかない)

同じ作戦に引っかかるような相手ではない…だから、正攻法でいくしかない。
おそらく、それすらも相手には気づかれているのかもしれないが――

二人はほぼ同時に構えて間合いをとると、はじめに希衣沙きいさが動いた。
殴りかかった希衣沙きいさの拳を、腕で防ぎ流した夕馬ゆうまは蹴りを入れる。
希衣沙きいさも腕で防いだが、夕馬ゆうまは抑えられた足を軸にもう片方の足で頭を狙い蹴りつけた。
攻撃をもろに受けた希衣沙きいさは気を失いかけるも持ち直して、拳で打撃をあたえる。

格闘の攻防となると、白季しらきは何もする事がなく――ただ静かに、夕馬ゆうまの応援しかできなかった。

時間にして十数分は経ったか…
感覚的には、随分時間が経ったようにも感じられるのだが。

ほんの一瞬だけ隙を見せた希衣沙きいさに飛び付いた夕馬ゆうまは、彼の頭を両足で挟み込んで勢いよく投げ飛ばした。

「…っ」

壁にたたきつけられた希衣沙きいさは、なんとか起き上がろうとするも頭を強打したのと……思った以上のダメージが身体にたまっていたようで、そのまま床に倒れ伏してしまう。
乱れた上着や軍帽などを直した夕馬ゆうまは、愉快そうな笑みを浮かべた。

「さっき、思いっきり壁にたたきつけられたからさ…絶対に、やり返してやろうと狙ってたんだ。あー…疲れた」
「いやいや、それ狙いで頑張らなくても……まぁ、いいか」

結果的に希衣沙きいさを倒せたのだから、と自分に言い聞かせた白季しらきは苦笑する。
そして、肩から下げている鞄から何か・・を取りだすと倒れている希衣沙きいさに近づいた。
彼が手に持つ何か・・は、無色透明な薬液の入った瓶のようで――

何をするつもりか、わかっている夕馬ゆうま希衣沙きいさの髪を掴んで顔を上げさせた。

「よっ…と、これでいいかー?」
「うん、さすが夕馬ゆうま…僕のする事を理解してくれるから助かるよ」

にっこりと微笑んだ白季しらきは、半ば意識のない希衣沙きいさの口にその薬液を流し込んだ。

違和感に目を覚ました希衣沙きいさだったが、夕馬ゆうまによって後ろ手に拘束され抵抗らしい抵抗もできず…口内の薬液を、僅かに飲み込んでしまう。

咽ている希衣沙きいさの拘束を解いた夕馬ゆうま白季しらきと共に、彼から離れた。

「ごほっごほ…な、何を一体……」
「何って、わかりやすく説明すると毒かな?ある意味、だけど…」

状況を理解できていない様子の希衣沙きいさに、白季しらき夕馬ゆうまは異口同音で答える。
その言葉に息を飲んだ希衣沙きいさに、夕馬ゆうまは本当に面白くて仕方ないようで腹を抱えて笑った。

「あははは…最後の最後まで笑わせるなってー。『ある意味』だと言ってるのに、ははは」
「ふふっ、夕馬ゆうまのツボだったんだね。そうそう、希衣沙きいさ…毒と言っても、すぐ死ぬわけじゃないよ」

爆笑する夕馬ゆうまの傍らで、不敵な笑みを浮かべた白季しらきは言葉を続ける。

「――いつだったか、珠雨しゅう達が再現したものらしいんだけどねぇ…」

囁くように教えられた内容に、希衣沙きいさは何も答えられなかった。
その様子に満足して頷き合った白季しらき夕馬ゆうまは、愕然としたままの希衣沙きいさを放置して去っていく。

ひとり取り残された希衣沙きいさは、白季しらきから教えられた現実を考える事しか今はできなかった。


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