8話:悪夢の果てに…

疑問が次々に思い浮かぶ上に、頭の痛みもあり……注意力が散漫していた俺と、そんな俺の様子に気を取られている右穂うすいは気がつかなかった。
何故、走水そうすいが白衣のポケットに手を入れたままなのか…少し考えればわかる事だと、後になって気づいてしまったが。
口元に笑みを浮かべている走水そうすいが、白衣のポケットに隠し持っていたらしいそれ・・を出していた。

…俺や右穂うすいが持っているものと同じそれ・・を、こちらに向けていたのだ。

「君が来る随分前に、白季しらきくんがここを訪れてね…その時、これで脅されてしまったんだよ。まぁ、彼の隙をついて没収しておいたわけだが」

白季しらきがここを訪れていた…と、走水そうすいは言っていたが――本当に、ここに来ていたんだな。
まぁ、白季しらき珠雨しゅう先生の一番のお気に入りだったから…この隠し部屋の存在を知っていてもおかしくないか。

銃で脅した――という事は『薬』のサンプルが欲しかった、と…いや、いくら手に入れたいからといって脅してどうするんだ。
それで銃を奪われて…何やってるんだ、白季しらきのやつは。

あー…だから、塑亜そあ先生があんな事を言っていたんだな。
というか、何で夕馬ゆうま白季しらきの行動を止めなかった…いや、多分アイツの事だからわざと止めなかったな。
――面白いから、という理由で。

……まぁ、サンプルは特効薬を作るのに必要だからいいのだが。

そんな事を、少しだけ考えた俺に、銃口を向けたままの走水そうすいは言葉を続ける。

「……私が、白季しらきくんの要望を叶えたのはね。別に、脅されたからではないよ。我々の欲しているものを手に入れる為、それが綺乃あやの――いや、『彼ら』との取引のひとつでね。お前が我々に協力してくれると言うのであれば、取引を止めにしてもいいと考えていたのだが」
「俺がお前の誘いに乗れば、簡単に目的のものが手に入るものな。それに、綺乃あやの達の目的は元々俺達じゃない…あの『薬』にある――だから、取引を止める事はできないだろう?」

綺乃あやのが俺をはめようとしたのは、走水そうすいの話でわかっている…というか、七弥ななやの言動からして間違いない。
走水そうすいの話に乗らなかった時の保険として、下準備したに過ぎないだろう。
それに…もし、俺が走水そうすいの話に乗ったとしても綺乃あやの達の計画は何ひとつ狂いは生じないからな。
新たに首謀者をたてればいい…つまり、あれだけの事をする動機を持つ人物を表に出せばいいだけ。
……そう、その人物というのが織葉おりは様だ。

あの方はこの国の王侯貴族に対して恨みのような感情を抱いていたらしい……
だからなのか、玖苑くおん郊外にある別荘で療養という名の軟禁生活を余儀なくされていたのだ。
何故、恨みのような感情を抱いていたのか…は、本当のところ誰にもわからない。

だが、噂では――本当に愛する人と引き離され政略結婚…そして、生まれたばかりの子と引き離された。
政略結婚だったのに、後ろ楯であった実家は没落…それがすべて仕組まれていた、という話だ。

噂の真偽は別として、それらの動機があるとされる織葉おりは様なら首謀者として適任だと考えたんだろう。
『薬』で狂ってしまったとはいえ、自分を保護してくれた軍人達を殺めたんだ。
玖苑くおんを滅ぼして騒ぎを起こした件で、この国に対して反逆の意志を持つとされるだろう。
そして、それを止めたのが実の息子…となれば、『彼ら』の立場も安定する。

…だが、俺は走水そうすいの誘いを断った。
という事は……綺乃あやの達は当初の予定通り、走水そうすいにとっても排除対象でしかなくなった。

俺がその事を口にすると、笑みを浮かべたままの走水そうすいは答える。

「まぁ、早い話そういう事だ…実は、お前達をここで生死は問わず動けぬようにしてほしいと綺乃あやのに頼まれてね。どうしたものか…と、少々悩んでいたところだったのだよ」
「そうか…だが、例え俺達をどうにかできてもだ。目的のものをお前が手に入れようとしても、その前に夕馬ゆうま理矩りくがいるのを忘れていないか…?」

右穂うすいに合図を送った俺は手に持っている銃の、撃鉄をゆっくりと相手に気づかれないよう起こした。
合図に気づいた右穂うすいは俺の身体を支えながら、自分の上着のポケットに入れている銃に手を伸ばす。
どうやら……右穂うすいには何をしようとしているのかがきちんと伝わっているので内心安堵しながら走水そうすいの、次の言葉を待った。
――まぁ、もしかすると俺達の動きでバレている可能性もある…が、これはある意味賭けだ。

そう考えているとは思っていないだろう走水そうすいが、ゆっくりと口を開いた。

「確かに…秘密警察のトップにいる夕馬ゆうま理矩りくは邪魔になるだろうね。しかし、そこは綺乃あやのの指示を受けている者がなんとかしてくれる手筈になっているようだよ…ありがたい事にね」

その別の指示を受けた何者かが騒ぎを起こし、夕馬ゆうま理矩りくの注意をひきつけ…その隙に、目的のものを奪う予定だったらしい。
後、白季しらきがあの研究所から持ち出したものの他に……この部屋からもサンプルなどの重要な書類を持ち出したようだ、と走水そうすいは続けた。

――もうすでに、騒ぎらしい騒ぎどころではない事が起こっているわけだが……
そんな事を思っていると、走水そうすいが苦笑しながら言う。

「どういうわけか、予定外の事態が起きてしまったらしいのだよ…無知な協力者を使ったのが、綺乃あやのの失態と言っても過言でない。だが…まぁ、それすらも――」

言葉の途中で口を閉ざした走水そうすいは、小さく咳払いして撃鉄を起こしながら俺達に囁きかけるように続けた。

「…本当に残念だよ、倉世くらせ。お前ならば、我々に協力して――失われた古代技術の再構築をし、更なる発展に貢献してくれると思っていたのだがね」

本当に残念でならないといった様子の走水そうすいだったが、残念で結構だ……
とりあえず、ここを無事に切り抜けられたら白季しらきに文句のひとつでも言ってやろう、と俺は密かに決める。

そして、走水そうすいが引き金を引く…よりも早く、右穂うすいが上着のポケットから銃をだすと走水そうすいの持つ銃に向けて撃った。
右穂うすいの銃撃で、走水そうすいの手から銃を飛ばした…これで、奴に隙が生まれる。
例え、まだ銃などの武器を隠し持っていたとしても……

手をおさえた走水そうすいが、床に落ちた銃とこちらを交互に見てすぐに銃を拾おうと動く。
俺はその隙を逃さぬよう、真っ直ぐに走水そうすいの肩辺りを狙ってゆっくりと引き金を引いた。

…その時は気づかなかったが、警戒をしていた右穂うすいも銃を真っ直ぐ走水そうすいへ向けていたようだ。

そして、室内に複数の銃声が響き渡った。




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