8話:悪夢の果てに…

俺は右穂うすいと共に例の隠し部屋の前まで、誰にも出会わず移動する事に成功した。
誰にも出会わずに済んだのは……この飛行艇にいくつかある、隠し通路を使ったからだが。

隠し部屋の扉は固く閉ざされているのだが、それはここで一番セキュリティーがしっかりしている場所だからだ。
この扉を開けるには隊長クラス以上か、登録されている者の身分証が必要となる。

簡単には開かない扉の前に立った俺は、あの時に訊けなかった事を右穂うすいに一応だが訊ねた。

「なぁ、右穂うすい。確か…お前が俺の身分証を持っていたよな?」
「はい、こちらに…」

そう答えた右穂うすいがポケットから身分証を取りだして、こちらに向けて差しだした。

「これで、ここを開ける事ができるな――ところで、だが……どうして、お前が俺の身分証を持っているのか聞いてもいいか?」

それを受け取りながら恐る恐る訊ねると、右穂うすいはきょとんとした様子で首をかしげる。

「そうですね…言うなれば、保管でしょうか?」

――そうかそうか…保管、ときたか。
それは、持ち主に伝えていないと…保管にならないんじゃないか?
いや、そもそも…いつから保管しているんだ、お前は。
確か、俺は自分の上着のポケットに入れていたはずなんだがな。

そんな事を少しだけ考えたのだが、きっと落としたんだろう……俺があの騒ぎの中で。
心当たりが…ないわけではないしな。

とりあえず、気を取り直して…受け取った自分の身分証を、扉のそばにある装置にかざしてみた。
セキュリティーが解除される音がし、扉は開いた……



閉ざされていた隠し部屋の中、そこには椅子に腰かけている白衣を着た男がひとり…デスクに向かっていた。
俺達が入ってきた事に気づいたのだろう、小さくため息をついた男は、ゆっくりとこちらに振り向く。

「まったく…私が考えていた以上に早く、お前の記憶は戻ったようだね」
「何…?」

微笑んだ男に、俺は思わず聞き返した。
だが、男は笑みを崩さずに言葉を続ける。

「いや、回復が早くてよかった…と言っただけだよ、私は。ところで、倉世くらせ…お前がここにやって来たという事は、私の誘いを受けてくれるという事かな?」
「…何を言って――」

一体、この男が何を言っているのか…わからずにいると、突然頭に痛みが走った。
一瞬、気が遠くなるような――そんな感覚に思わずよろけてしまったが、隣にいた右穂うすいが身体を支えてくれたおかげで倒れずに済んだらしい。

…だが、この時の俺にはそれを気にしている余裕がなかった。

脳裏に浮かんだのは…ここではない、別の場所――
そう、確か玖苑くおんの研究所にある一室でこいつが声をかけてきたんだ。
この時、その部屋にはこいつと俺と右穂うすいしかおらず…このタイミングで声をかけてきたようだった。

こいつは、声を潜めて俺に囁いた。

『――ここにいても、お前の望むものを手に入れる事はできない。よければどうかな……に属しているお前ならば、我々も歓迎するよ』

……確か、あの時そのような事を言っていた。
俺がどこに所属し、何に誘ってきたのかまでは思いだせなかったが……

そんな俺の様子を見て、楽しげに男は笑う。

「そうか…まだ、すべてを思い出せているわけではないのだね。まぁ、それでもいいのだが…それよりも、どうだった?自ら作ったものの効果を間近で見た感想は…」
「感想、だと?ふざけるな!お前はあの時、俺達の反対を押し切って……」

押し切って…そうだ。
こいつは『薬』の効果を確かめようと用意されていた被験者達だけではなく、研究所に併設されていた医院の患者にも使ったんだ。
それが医院から外へ漏れて、あのような騒ぎに――

俺の言葉に、男は肩をすくめると口を開いた。

「お前や珠雨しゅう教授も、考えが甘いのだよ。『薬』を戦闘訓練した者に使用したって、結果は知れているだろう?だから、私は見てみたかったんだ。訓練されていない人間に使用すれば、どういう結果を生むのかを…ね」
「その結果が、殺し合いによる玖苑くおんの壊滅ですか…倉世くらせ様や珠雨しゅう教授も、その危険性を指摘しておられたというのに」

まだふらついている俺の身体を支えた右穂うすいは男を睨みつけるが、気にした様子のない男は口元に笑みを浮かべているだけだ。
頭がまだぼんやりしている俺は、男にある事・・を訊ねた。
それは、この部屋を最初に訪れた時に見た――あの映像についてを、な。

「あの研究所を――襲撃した連中を手引きしたのも、お前なのか…走水そうすい博士?」
「まさか…私は直前に、それを聞かされていただけだよ。第一、襲撃してこられた事で私も迷惑を被ったのだから……『彼ら』と一緒にされては、困るがね」

不快であるといった様子で、苦笑した白衣の男・走水そうすいが答える。

――よかった…こいつの名前は、走水そうすいで合っていたようだな。
俺が、心の隅でそんな事を考えてしまったのはここだけの話だ。

「…ところで、倉世くらせ――」

走水そうすいは小さく息をつくと、俺に訊ねた。

「あの時は、あんな騒ぎが起きたせいで聞く事はできなかったが…お前の答えを聞かせてもらえるかな?」

そういえば――それを訊ねられた時、俺は答えを保留した…というより、そのタイミングで白季しらき珠雨しゅう先生を探して俺達のいた部屋にやって来たんだったな。
だから、走水そうすいは俺にこう言ってきた。

『おっと…それじゃあ、倉世くらせ。お前の答えは後で聞かせてもらう事にしようかな…?』

その後、白季しらきをちらりと視線を向けて部屋を出ていったんだ。
確か、走水そうすいの後ろ姿に向けて白季しらきが舌を出していたな……と、割とどうでもいい事まで思い出したが。
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