8話:悪夢の果てに…

さて、探すとは言ったものの……何処から探せばいいのか悩むところだ。
そんな事を考えながら、俺は目の前に続く通路の先に目を向けていた。

――こういう時、ここを無駄に入り組んだ構造にした珠雨しゅう先生が憎らしく感じてしまう。
その前に、俺がここの内部構造を完全に思い出せば早いのだろうがな……

「…さすがに、飛行艇の外へは行っていないはずだよな?」

ため息をついて呟いた俺は、窓の外――港の方に視線を向けた。
この飛行艇と港とを繋ぐ搭乗橋…それは、俺達が通ったあそこだけしかない。
他から出入りできないだろうから、おそらく外へは出ていないはずだ。

そして、その唯一ともいえる搭乗橋を爆破し…港内に薬を撒いたのは――間違いなく、あの男の仕業だろう。
港内には、狂気の軍人達が多くいる…そんな中、移動するのは危険な賭けのようなものだ。
襲われる可能性はもちろん、下手をすれば自分も狂う可能性だってあるのだから。

――ならば最も安全なこの飛行艇の中、という事になる。
今、奴は何処にも逃げられない。

港内を軍が制圧すれば、奴は避難者のひとりとして…危険を冒さずとも、ここから移動できる。
あいつは自分が一番安全に、尚且つ首謀者であると疑われない方法を選んでいるわけだ。

さすがの夕馬ゆうまも、そこまでは予想できなかっただろうが…

ふと、右穂うすいの方を見ると…おそらく、俺と同じような事を考えたのだろう。
胸ポケットから簡易地図を出して、ペンで何かを書きこんでいた。
何を書きこんでいるのか、不思議に思いながら覗き込むと…どうやら、俺達が見て回ったらしい場所にバツ印を付けていた。

――あぁ、そうか…こんな入り組んだ構造をしているんだ。
どんなに頑張っても、すべてを覚えられるわけがないよな…さすがに。
そして、簡易地図があれば迷う事はないし…印をつければ、次に何処へ向かえばいいのか判断できる。

「――って、ちょっと待て。お前…まさか、さっきからずっとここの内部地図を持っていたのか?」

…さすがに、我慢できずツッコミを入れてしまった。
本当のところは、もっと前から訊ねた方がよかったんだろうな…と少し思ったが。

俺の言葉に、きょとんとした表情を浮かべた右穂うすいは頷いた。

「はい。やはり、これがないと永久に同じ場所を回ってしまいそうですし…」
「それはそうだが…まぁ、いいか」

良くはないが――まぁ、簡易地図を持っている右穂うすいのおかげで移動も迷わずできるわけだしな。
もしかすると、俺だけだったのか?必死に覚えようとしていたのは…

気を取り直して、右穂うすいの持つ地図をもう一度覗き見る。
バツ印が付いている場所は――ラウンジ、白季しらきに割り当てられた部屋の周辺、飛行艇の出入り口付近、気を失った七弥ななやを運び込んだ部屋…そして、今いるらしいこの通路の5か所だ。
ラウンジなど、他の避難者がいるであろう場所にいなかったのは…おそらく、七弥ななやがあの隠し部屋に保護していたからだろう。
夢明むめいの港に着いた際、七弥ななやの目を盗んで自由行動をとっていたようだが…港内に薬を撒いて、爆発物を仕掛けた後に何処か人目のつかないところへ移動したのだろう。

――そこまで考えて、俺はある事に気づいた。
あの男の行動範囲はそんなに広くないはずなのに、関わっているであろう事件が、ひとりでやったにしては広範囲で起こっている。

あの搭乗橋に仕掛けた爆発物が爆発すると同時に、港内に『薬』が散布されるようセットできたとして…出入り口付近は、少人数はであるが警備されていたのだ。
さすがに、その彼らの目があるので簡単にできるはずはない。
破壊された搭乗橋には、あの瞬間に誰かしらがいた痕跡はあった…人の原型をとどめていなかったが、誰かがいたのはまず間違いない。

気を失っていた軍人達は理矩りくがやったのだから、除外して考えるとしても……だ。
第一、いくら気を失っていたところで爆発音が間近ですれば嫌でも目を覚ますだろう。
という事は、彼らは搭乗橋の爆破が起こった後に気を失ったと――もしかすると、何処からか運ばれたのかもしれないが。

2人の軍人が殺された、あの現場にいたのは…もしかすると、爆発物を仕掛けた後だったのかもしれない。
…彼らを殺めたのは、完全に狂ってしまった織葉おりは様なのだろうが。

しかし、ほとんどラウンジにいた織葉おりは様に……どうやって、誰がどのタイミングで薬を投与した?
杜詠とよみが診ていたんだ、新たに投与する機会はなさそうだったが……
例えあったとしても、すぐに杜詠とよみが気づくはずだ。

そもそも、何故…この飛行艇に乗った時、織葉おりは様に『薬』の効果がでていたんだ?
あの研究所にいたのなら、影響がでてしまった理由わけもわかる。
だが、織葉おりは様は…当り前だが、研究者ではない――だから、研究所にはいなかった。

確かに、あの時…街に撒かれてしまったとはいえ、
最初に『薬』の効果で狂ってしまったのは研究所周辺にいた人間達だけだ。
だから、街にはいたが研究所周辺にいなかった樟菜くすな音瑠ねるの母娘は…その影響を受けずに無事だった。

杜詠とよみは…確か、あの日は何かの用事で玖苑くおん郊外に行っていたな。
だから、杜詠とよみも無事だったわけだが……

そういえば、どうして彼女だけ、玖苑くおんの…狂ってしまった人々と症状が違ったんだ?
七弥ななやを襲った時の彼女は、玖苑くおんの人々とまったく同じような症状が出ていたようだが。

――俺達が訪れた、あの隠し部屋にあいつは戻ってきているかもしれない。
走水そうすい…あいつはどこまで計画をしていたのだろうか?

頭痛はしていたが今までのような激しい痛みではなかったので、冷静に様々な事を考えられるようになっていた。
心配そうな右穂うすいは、考え込んでいる俺の様子をうかがっていたが、痛みで苦しんでいないのを確認すると静かにこう言った。

「…行きましょう。そして、あの男に会って…貴方の中から欠落してしまったものを――取り戻しましょう」


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