7話:死の宴への招待状

…それは、倉世くらせ右穂うすいが飛行艇に戻って数分後くらいの事だ。
音瑠ねるを母親である樟菜くすながいるラウンジに送り、先ほど起きた事件についての事情説明し終えた七弥ななやはラウンジから出た。
そして、飛行艇の出入り口付近の様子を見に向かう途中であるもの・・・・を見つける。

「なっ…!?」

思わず言葉を失い、固まってしまったのだが…それは、目の前に広がっている光景にあった。
真っ赤に染められた壁と床……そして、大量に流れでたのだろう赤い水たまりに折り重なって倒れる黒髪の少女2人の姿がそこにあったからだ。

どういう事なのか、理解できず思考停止していた七弥ななやだったが、我に返ってすぐに気づいた。
それは、この少女達に見覚えがない――つまり、この飛行艇に乗っていた一般人ではない事を。
玖苑くおんから救出した者達の中に、この年頃の少女達はいなかったはずだ。
あの混乱の中で、七弥ななや達の目を盗んで乗り込んだ可能性もあるが…すぐにその可能性はないと確信する。
その理由は――

(この2人は、双子?しかも、この服は…学舎の女子制服だ)

――学舎は、夢明むめいにある国立の学園だ。
ならば、玖苑くおんから乗り込んだわけではなく…ここ、夢明むめいの港から乗り込んだという事になる。
だが、それだと新たな問題が出てくる。
飛行艇の出入り口は、七弥ななやの命で封鎖されていたはずだ。
つまり、誰ひとり飛行艇から出る事も入る事もできないはずである。

恐怖の表情を浮かべたままの少女達……その亡骸のまぶたを閉じてやり、乱れた制服を直した。
彼女達の、その小さな身体には無数の切り傷や刺し傷、そして銃弾が貫通した痕もある。
そして、彼女達の細い腕や足はありえない方向に折れ曲がっているようだった。

悲痛な表情を浮かべた七弥ななやは、せめてこの双子の姉妹が安らかに眠れるようにと静かに黙祷を捧げる。
――その瞬間、出入り口付近で銃声が聞こえてきた。

急いで銃声の聞こえた現場に駆けつけた七弥ななやは、何人もの軍人が血だまりに倒れ…淑女と怪我を負った三人の軍人が対峙しているところを見つけた。
着ている暗い色を基調とした服を赤く染めた淑女は、狂気の笑みを浮かべたまま力なく立っている。
その手には、まだ硝煙がたっている銃と赤い水の滴っているナイフを持っていた。

何が起こったのかを瞬時に理解した七弥ななやは、手にした銃を淑女へと向ける。

「…織葉おりは様、どうかその手に持つナイフと銃を捨てていただけませんか?」

どう見ても正気を失っている様子の淑女・織葉おりはに、半ば懇願するような気持ちで語りかけた。
だが、織葉おりはは振り返り七弥ななやに目を向けると不思議そうに首をかしげる。

「あら、貴方は…あの子の知り合い、だったかしら?ここは悪い人ばかり…ねぇ、貴方なら知ってるでしょう?あの子は何処…?」

この瞬間、七弥ななや織葉おりはが正気に戻る可能性の低さに気づいて怪我をしている軍人達の前に移動した。
そして、軍人達に飛行艇から降りて港内で待機するよう小声で命じる。
どのみち、怪我を負ったままの状態では任務を続けられないだろう。
応急処置も、まだ安全な港に行けば自分達でできるだろうと七弥ななやは考えたからだ。

時間を稼ぐため…そして、織葉おりはの気を引く為に七弥ななや織葉おりはの足元に一発撃った。
焦点の合わぬ織葉おりはの目が、七弥ななやだけに向けられる。
それと同時に、七弥ななやが軍人達に合図を送った。
軍人達は、短く敬礼すると急いで搭乗橋を行く。

ゆっくりとそちらに視線を向けようとする織葉おりはの足元に向けて、七弥ななやはもう一発撃った。
もう、織葉おりは七弥ななやしか見ていなかった。

「…なぁんだ。貴方も、裏切り者なのね…ざぁんねんだわ」

そう言うと同時に、織葉おりはは小走りに七弥ななやに近づくと手に持つナイフを振り上げる。
紙一重で避けた七弥ななやは『これ以上この場に留まらない方がいいだろう』と判断し、倉世くらせ右穂うすいの隠れている部屋の前まで移動した。
ただ、ラウンジにいる音瑠ねる達の安全を考えて…そこに近づけたくなかっただけで、七弥ななや自身まさか倉世くらせ右穂うすいが近くの部屋に隠れているとは思っていなかったのだ。

何度か織葉おりはの攻撃を避けて反撃していた七弥ななやだったが、一瞬だけ隙をつくってしまう。
その為、苛立っている織葉おりはが投げた銃とナイフを避けきれず…ナイフの刃が頬に掠ってしまった。

先ほどまで一切隙をつくらなかった七弥ななやの様子に気づいた織葉おりはは、瞬時に間合いを取る。
そして、七弥ななやの胸ぐらを掴むと壁に向けて力いっぱいに背負い投げた。
勢いよく壁にぶつかり、鈍い音と共に七弥ななやはゆっくりと倒れこんだ。

(っ…護身の為に体術を、習得されている…と、話には聞いていたが)

――もはや、護身術レベルを軽く超えていないか…?

そんな事を考えながら、強く壁に打ちつけられた衝撃で咳き込んで朦朧とする意識の中……七弥ななや織葉おりはを仰ぎ見る。
焦点の合わぬ瞳で七弥ななやを見下ろすように、織葉おりはは狂気な笑みを浮かべていた。
ゆっくり七弥ななやの首元を掴むと、織葉おりははにっこりと微笑む。

「…悪い子には、お仕置きよ?」

そのまま、七弥ななやは再び壁に向けて投げ飛ばされてしまった。


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