4話:赦されざる咎人

飛行艇の、とある通路の突当りにある部屋――その部屋の前に、人影がひとつ。

その影は、ゆっくりと扉のそばにある装置に向けて何か・・をかざした。


その部屋に匿われている・・・・・・白衣の男は、小さく息をついて手に持つ書類を読んでいる。

「そうか…つまり、コレ・・はまだ未完成なるのか。ふむ…だが、ある程度何が必要なのかはわかるかもな…」

男が、パソコンの画面と書類を交互に見ながら呟いた。
机の上にはパソコンの他に、たくさんの書類と薬品の入った瓶などが置かれている。

男がその書類や資料などを読んでいると、パソコンからメールを受信した音が鳴った。

「…ん?誰だ、こんな時に?」

書類や資料から目を離した男は、パソコンに届いたメールを開いてざっと読む。

「………ちっ」

メールをひと通り読み終えると、小さく舌打ちをした。
そして、ひとり愚痴るように呟いて苦笑する。

「…まさか、今になってそう言ってくるとはね」

(自分は、早々に安全なところに身を隠したというのにね。さて…どう返信するかな)

机の上の書類や資料の山からキーボードを出し、キーの上に指を置いて考え込んでいると…音もなく、訪問者が室内へと入ってきた。


***


「…一体、何がどうなっているのかしら……」

ラウンジのソファーにひとり腰を掛けているピンク色の長い髪の少女は、窓の外の景色を見つめながらため息をついた。
――ほんの一時間前、倉世くらせの『罪』が糾弾されたばかり…
その時に、母親から『倉世くらせとは、何も関係がないと…訊かれたら言いなさい』と言い聞かされていた。

(まさか…倉世くらせさんが、あんな事を引き起こしただなんて)

まだ幼い頃…ピンチの時に、何度も助けてくれた優しい親戚のひとつ上のお兄さん――それが、倉世くらせだった。
大きくなってからはお互い学業が忙しくなり、次第に疎遠になってしまったが……

(私は…信じられないです。本当は、何があったのか…私は知りたい)

彼女のいる位置から少し離れた場所で、自分の母親が軍人のひとりに声をかけて訊ねている。

――何時頃に着くのか、聴取はいつ始まり終わるのか……を。

(お母様は何も知らない…私があの時…あの人・・・に襲われそうになった事に……)

軍人に訊ねている母親から目をそらして俯くと、もう一度小さく息をついた。

(…街は、あんな事になってしまったけれど――でも、私は…そのおかげで助かったようなもの。倉世くらせさん…私は、一体どうするべきなのですか?)

ここにはいない倉世くらせに呼びかけるように、ゆっくりと天井を見上げた。

「どうしたの…音瑠ねる?」

天井を見上げている少女・音瑠ねるに、心配そうに声をかけたのは母親の樟菜くすなだ。
音瑠ねるが慌てて何でもないというように首を横にふると、樟菜くすなは安心したように微笑んだ。

「そう…ならば良かったわ。そうそう…夢明むめいの港に着いた後、数日間は聴取で動けないそうよ。聴取を終えたら、哉糸かなしにいる伯父様の所へ行きます」
「はい…」

樟菜くすなの話に、小さく頷いた音瑠ねるは窓の外の景色に再び目を向ける。

(あの時、家の為と…割り切っていたけれど――やっぱり、私は……)

音瑠ねるは隣に座る母親に聞こえないよう…小さく倉世くらせの名を呟いて、また深いため息をついた。


***


(『お前は、本当に正しいと思っているのか』…か)

走水そうすいのいた部屋から飛行艇のブリッジに移動し、艦長席に腰掛けた七弥ななやはひとり考え込んでいた。

――お前は、本当に正しいと思っているのか?

これは、あの時・・・に問いかけられた言葉だ。
だが、七弥ななやはそれには答えず…逆に、相手・・に問いかけた。

――ならば、お前達がやった事は正しい事なのか?

…話し合いは、平行線を辿っていた。
問題は何が正しいか、正しくないか…ではない。
何故『あのような事』を引き起こしたか、だ。

「…あの方・・・のいう事が本当ならば、アイツ・・・は裁かれなければならない…例え、俺がアイツ・・・を殺す事となっても」

物心つく前からの友人で、お互いよく知っている間柄だった。
一時期、共に王女の護衛役を務め――その後、それぞれ配属される部隊が変わってしまい…お互いに会う事も、どんな任務についているのかを知る事もできなかった。

久しぶりの再会が、あの『惨劇』の街になるとは――

「まったく…どうして、そうなってしまったんだろうな。倉世くらせ…いつから、お前は変わってしまったんだ…?」

寂しげに呟いて、七弥ななやは目を閉じると顔を上に向ける。
葎名りつなには…倉世くらせの事も含めて、まだ詳細は伏せてある……

(だが……あちらの情報収集能力を考えれば、もうバレてしまっているだろうな。せめて、夢明むめいの港に着く前までに…倉世くらせの記憶が戻り、全てを認めてくれればいいのだが…な)

深く長いため息をついた七弥ななやは、背筋を伸ばして椅子から立ち上がった。
そして、部下達にそれぞれ指示を出すとブリッジから退出する。

(…もう一度、話をしてみるか。だが…今はどこにいるんだろうか、倉世くらせは?)

――案外広いこの飛行艇の中、倉世くらせが今何処にいるのか探さなければならない……
その事実に気づいた七弥ななやは、あの時・・・怒りにまかせて立ち去らなければよかった…と、密かに後悔するのだった。


***

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