3話:憎しみと悲しみと裏切りと…

それは、白季しらきのせいではない…と言葉にしようとした瞬間、背後から声をかけられた。

「…紫鴉しあ博士の事を話しているのか?」

声の主の方を見ると、そこには黒髪の男が立っていた。
さっき助けてくれた……確か、杜詠とよみだったか?

「えっと…君は?」

顔を上げた白季しらきも首をかしげると、この男に訊ねた。
男は、静かに微笑むと自らの名を告げる。

「失礼…私は、この〈隠者の船〉で軍医もしている杜詠とよみだ」
「ぁ…手当をありがとうございます。それに、先ほども……」

気を失っていた時、怪我を治療してくれた事や先ほどの件の礼を伝えると…杜詠とよみは首を横にふった。

「いや、こちらこそすまなかった…しかし、大した怪我ではなかったのだが……その、頭を強く打っていたらしいので心配ではあったのだが――」
「打ち所が悪かったんだね、倉世くらせ……」

杜詠とよみ白季しらきが、何故か哀れむように俺を見ている……

「…………」

何と答えるべきかわからずにいると、白季しらきが笑いながら俺の頭を撫でた。

「ふふっ、ごめんごめん。君を困らせようとは思ってないから……」
「あぁ、そのようなつもりはなかったんだが……」

頷いた杜詠とよみは、申し訳なさそうに自分の髪をかいた。
そして、小さく咳払いして言葉を続ける。

「……ところで、紫鴉しあ博士の事だが――」
「君は、知っているのかい?紫鴉しあ博士の事…」

白季しらきが不思議そうに杜詠とよみを見ると、彼は小さく微笑んで頷くと答えた。

「直接お会いした事はないが、あの方の研究内容にはいつも驚かされ…私自身、憧れを抱いているんだよ…」
「…ふーん」

杜詠とよみの話に、白季しらきは小さく何度か頷いていた。
その後、杜詠とよみから紫鴉しあ博士の詳しい話を聞いた。

なんでも、紫鴉しあ博士は国立研究所の一人で…主に、兵器製作などに携わっているらしい。
公の場には、絶対に姿を現さない為…皆、名前は知っていてもその姿や年齢などを知る者は誰一人いなかったようだ。
…軍部でさえも、その正体は知らないという――

「…だが、ただひとりだけ紫鴉しあ博士に会ったという人物がいた」

そう言うと、杜詠とよみはこちらに目を向けて言葉を続けた。

倉世くらせ紫鴉しあ博士の研究室に出入りしていたお前だけが、あの方を知っている」
「…俺だけが?」

杜詠とよみは真剣な眼差しを、驚いている俺に向けている。
そう言われても…俺自身、まったく覚えていないのであまり実感はない。

「そう…なのか?」
「ああ。倉世くらせ…お前は軍に入る前、その研究所にいたからな」

それも、まったく覚えていない。
ついでに、まったく記憶を取り戻す手がかりにもなっていない……
いくら考えてみても、記憶が戻る兆しはまったくない。

「……やっぱり、打ち所が悪かったんだね…倉世くらせ

考え込んでいる俺の肩を、白季しらきがゆっくりとたたいた。

もはや…白季しらきの言うとおりだ、とさえ思う。
……ん?そういえば、白季しらき紫鴉しあ博士の殺害を目撃していなかったか?


――紫鴉しあ博士は…公の場には絶対に姿を現さない為、名前は知られていてもその姿や年齢などを知る者は誰ひとりいない。


確か、そう…白季しらき杜詠とよみが言っていた。
ならば、何故…殺害されたのが、紫鴉しあ博士であるとわかったんだ?

「…白季しらきは、目撃したんだよな?紫鴉しあ博士の殺害現場を――」
「ぁ、うん。まぁ…ね」

俺の問いに、少し言葉を濁して白季しらきは答えた。

「正確に言うと、僕はその瞬間に立ち会ってしまったわけではないんだよ。どこかで銃声がしてね…そこへ行ってみたら、たくさんの人が倒れていて…亡骸を調べていたら、その中のひとりが紫鴉しあ博士の身分証を持っていたからさ。それで知ったんだよ」
紫鴉しあ博士が、お亡くなりに…?」

その事実を、今知ったのだろう…杜詠とよみは悲しそうに、残念そうに俯いた。

「…一体、誰が?」
「それはわからないけど、玖苑くおんを制圧に来た軍がやったみたいだよ。僕が行った時に、何人か軍人が残っていたからね……」

俯いた白季しらきが小さく呟いた。

七弥ななやが命じた事を、伏せてくれたのには感謝した。
今、この事実が知られれば大変な騒ぎになるかもしれないからな。
ただでさえ、俺の件で騒ぎになっているんだ…下手したら、さらなる騒ぎになるかもしれない。
それだけは、避けなければならないだろう。

「そうか…もしそうならば、非常に残念な事だ」

とても悲しそうに呟いた杜詠とよみは俺達に軽く頭を下げて、大人しく眠っている織葉おりはのそばへ戻っていく。
――その後ろ姿は、本当に寂しげに見えた。


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